BTSの音楽がアメリカ人に受けている理由(評:大江千里)
THE LIGHT AND DARK
リード曲「ON」を聴くと彼らの音楽はソウル、ラップ、ロック、そして彼らの国のルーツをしっかり見据えていることが分かる。アメリカの音楽を単に追い掛けるだけじゃなくオリジナルな世界観が既にある。これが逆に独特さを好むアメリカ人に受けているのではないだろうか。
7人の個性は高音と低音、音と休符、MVのダンスもそうだが、「緩急」の付け方がすごい。それこそ「凪(なぎ)」のような緩やかな瞬間が曲の緊張のはざまに点在する。韓国語ラップは響きのせいもあるが、力強い。同じアジア人だから思うのかもしれないが、欧米のグループにはないかゆいところに手が届く繊細さも持ち合わせている。
音楽評論をする友人に「アメリカ人はどうみているの?」と聞いてみたら、「ひとことで言うと、完成されたエンターテインメント」と言い切った。彼は音楽学校でも教えているのだが、ここ数年で専門知識に通じたアーティストになるより、独自の言葉を持つアーティストになりたいと思う学生が増えているそうだ。
「ON」の「痛みを悶絶しながら消化していくようなヒリヒリする感じ」や「Black Swan」の「もがき苦しむ切実さ」は彫りの深い彼らの音楽の輪郭となり、コロナを経て結実したキャッチーでポップな曲たちへ受け継がれている。
アルバム『BE』には包み込む優しさがある。立ち止まることを受け入れ進むこと、プライベートライフで音楽の意味を確認できたからこそ自粛を乗り越えられた「喜び」が表現されているようにも感じた。「Life Goes On」にはそれが素直に出ている。
「Butter」はアイデアの宝庫
「Skit」は、「Dynamite」で全米1位を取り、みんなで祝いながら話しているだけというテイク。これもまた音楽だ。
そして、グラミー賞候補になったシングル「Butter」。アッシャーやマイケル・ジャクソンへのオマージュが仕掛けられてるのではとちまたで話題になったが、一番すごいのは「シンプルなトラックに乗っかった素敵なボーカルアレンジ」に尽きる。ソロ、ユニゾン、ハーモニー、そしてめちゃくちゃいいタイミングでラップが入る。アイデアの宝庫だ。
エド・シーランと共作の最新シングル「Permission to Dance」は、エルトン・ジョンが歌詞で登場する。思わず僕世代もニヤリ! 踊ることに許可なんていらない、ダナナナナというフレーズは、老若男女の音楽の壁を飛び越えてみんなが同時に反応してしまう。
いつの時代も多くの人の共感を呼び、世の中に残る曲には「明るさとダークな部分」がペアであるように思う。マイケル・ジャクソンの「Black or White」しかり。
魑魅魍魎(ちみもうりょう)が跋扈(ばっこ)する現代に抽象的だったり奇麗事だったりを歌うのではなく、現実に起こるさまざまなネガテイブな要素も含めて作品として形にし続けることが、今後の彼らをどこに向かわせるのか?
グラミー賞も1つの通過点で、彼らの目指す本当の桃源郷はもっと違うところにあるような気がしないでもない。
[お知らせ]
4月5日(火)発売 2022年4月12日号
特集「BTSが愛される理由」
グラミー賞受賞秒読み(?)のBTSは、韓国社会の好む「負け犬がのし上がる」ストーリーに当てはまる独特の存在。韓国の人々の期待も背負いつつ、多くのことを成し遂げてきた今、彼らはどこへ向かうのか/ほか、世界のARMYが語るBTSの魅力......など。
●アマゾン予約はこちら