最新記事

エンターテインメント

BTSの音楽がアメリカ人に受けている理由(評:大江千里)

THE LIGHT AND DARK

2022年4月2日(土)18時30分
大江千里(ニューヨーク在住ジャズピアニスト)

リード曲「ON」を聴くと彼らの音楽はソウル、ラップ、ロック、そして彼らの国のルーツをしっかり見据えていることが分かる。アメリカの音楽を単に追い掛けるだけじゃなくオリジナルな世界観が既にある。これが逆に独特さを好むアメリカ人に受けているのではないだろうか。

7人の個性は高音と低音、音と休符、MVのダンスもそうだが、「緩急」の付け方がすごい。それこそ「凪(なぎ)」のような緩やかな瞬間が曲の緊張のはざまに点在する。韓国語ラップは響きのせいもあるが、力強い。同じアジア人だから思うのかもしれないが、欧米のグループにはないかゆいところに手が届く繊細さも持ち合わせている。

音楽評論をする友人に「アメリカ人はどうみているの?」と聞いてみたら、「ひとことで言うと、完成されたエンターテインメント」と言い切った。彼は音楽学校でも教えているのだが、ここ数年で専門知識に通じたアーティストになるより、独自の言葉を持つアーティストになりたいと思う学生が増えているそうだ。

「ON」の「痛みを悶絶しながら消化していくようなヒリヒリする感じ」や「Black Swan」の「もがき苦しむ切実さ」は彫りの深い彼らの音楽の輪郭となり、コロナを経て結実したキャッチーでポップな曲たちへ受け継がれている。

アルバム『BE』には包み込む優しさがある。立ち止まることを受け入れ進むこと、プライベートライフで音楽の意味を確認できたからこそ自粛を乗り越えられた「喜び」が表現されているようにも感じた。「Life Goes On」にはそれが素直に出ている。

「Butter」はアイデアの宝庫

「Skit」は、「Dynamite」で全米1位を取り、みんなで祝いながら話しているだけというテイク。これもまた音楽だ。

そして、グラミー賞候補になったシングル「Butter」。アッシャーやマイケル・ジャクソンへのオマージュが仕掛けられてるのではとちまたで話題になったが、一番すごいのは「シンプルなトラックに乗っかった素敵なボーカルアレンジ」に尽きる。ソロ、ユニゾン、ハーモニー、そしてめちゃくちゃいいタイミングでラップが入る。アイデアの宝庫だ。

エド・シーランと共作の最新シングル「Permission to Dance」は、エルトン・ジョンが歌詞で登場する。思わず僕世代もニヤリ! 踊ることに許可なんていらない、ダナナナナというフレーズは、老若男女の音楽の壁を飛び越えてみんなが同時に反応してしまう。

いつの時代も多くの人の共感を呼び、世の中に残る曲には「明るさとダークな部分」がペアであるように思う。マイケル・ジャクソンの「Black or White」しかり。

魑魅魍魎(ちみもうりょう)が跋扈(ばっこ)する現代に抽象的だったり奇麗事だったりを歌うのではなく、現実に起こるさまざまなネガテイブな要素も含めて作品として形にし続けることが、今後の彼らをどこに向かわせるのか? 

グラミー賞も1つの通過点で、彼らの目指す本当の桃源郷はもっと違うところにあるような気がしないでもない。BTSCOVERNEWSWEEK.png

[お知らせ]
4月5日(火)発売 2022年4月12日号
特集「BTSが愛される理由」
グラミー賞受賞秒読み(?)のBTSは、韓国社会の好む「負け犬がのし上がる」ストーリーに当てはまる独特の存在。韓国の人々の期待も背負いつつ、多くのことを成し遂げてきた今、彼らはどこへ向かうのか/ほか、世界のARMYが語るBTSの魅力......など。
●アマゾン予約はこちら

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

午前の日経平均は小反発、クリスマスで薄商い 値幅1

ビジネス

米当局が欠陥調査、テスラ「モデル3」の緊急ドアロッ

ワールド

米東部4州の知事、洋上風力発電事業停止の撤回求める

ワールド

24年の羽田衝突事故、運輸安全委が異例の2回目経過
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 2
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足度100%の作品も、アジア作品が大躍進
  • 3
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...どこでも魚を養殖できる岡山理科大学の好適環境水
  • 4
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者…
  • 5
    ジョンベネ・ラムジー殺害事件に新展開 父「これま…
  • 6
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 7
    ノルウェーの海岸で金属探知機が掘り当てた、1200年…
  • 8
    ゴキブリが大量発生、カニやロブスターが減少...観測…
  • 9
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 10
    「時代劇を頼む」と言われた...岡田准一が語る、侍た…
  • 1
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開したAI生成のクリスマス広告に批判殺到
  • 4
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 5
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 6
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 7
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 8
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 9
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 10
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 8
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中