『動物のお医者さん』でも触れられなかった知らざれる獣医学生の団結と悲鳴
なかでも、ここ10年間で圧倒的支持を集めている対策本が「北大まとめ」だ。
獣医師国家試験は「三理」と呼ばれる生理学・病理学・薬理学から勉強を始めるのがよいとされる。だが、標準的な教科書では生理学が740ページ、病理学が総論と各論で830ページ、薬理学が290ページもある。計1860ページの教科書から試験頻出分野を抜き出し、わかりやすいように図表や挿絵などを入れて約5分の1のページ数に凝縮しているのが北大まとめだ。しかも、全教科をまとめた3分冊を3000円程度の儲けなしの値段で頒布している。「北大まとめさえあれば合格する」と、ほぼそれだけしか勉強をしない受験生も多い。
しかし、北大の学生有志は3月12日、「来年度から学外者は北大まとめを購買不可にする」と発表した。今年度の国試終了後、北大まとめがフリマアプリのメルカリで2~5万円で複数販売されたことを重く見たからだ。学生有志が作る対策本は、一定時期しか発注できず、しかも獣医6年生と一部の既卒生のみが購入できる。近年は早めに国試の勉強を始めたい獣医学生や、就活対策に使いたい獣医学生以外の者にも「学生の作る獣医国試対策本は、必要事項がコンパクトにまとまっている」と評判が伝わっており、フリマサイトでも人気商品となっている。
ざわめく新6年生
ここで問題となっているのは、販売価格の高さもさることながら、著作権問題だ。
獣医国試対策本は「身内の獣医学生が豪華版の試験勉強プリントを作成して、共有している」といった体(てい)だからこそ、教科書の図表や写真を転載する著作権問題をグレーのままで、著作権者や出版社にお目溢しをもらっている。図表の著作権者はたいてい獣医学の教員たちで、出版社にとっても学生は今後も獣医学の専門書を買ってくれる顧客予備軍だからだ。データの電子化や一般人が買えるメルカリで転売するなど、もってのほかの行為と言える。今年度版の北大まとめは、これ以上転売されないように回収するという。
「なぜ転売した先輩のせいで、自分たちの国試勉強が大変になるのだ」「北大まとめがないと合格できない」と、新6年生は早くもざわめいている。今後の国試対策は、各大学内だけで留めて門外不出にすべきなのか、それとも全国の獣医学生でサーバを借りてパスワードでアクセスできるような道を探るのか。
学生による国試対策本は、手作りのまとめプリントの延長だったからこそ、親告罪である著作権侵害のグレーゾーンとして暗黙の了解となっていた。電子化で利用料などが発生すると、トラブルのもとになりかねない。国試対策委員は、一丸となって国試合格を目指し、全国の獣医大学の連携を強固にする独特の獣医学生文化だ。時代に合うように見直しや対策をしつつ、ぜひ継承してほしい。
[筆者]
茜 灯里(作家・科学ジャーナリスト)
東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専攻卒業。東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。博士(理学)、獣医師。朝日新聞記者、国際馬術連盟登録獣医師などを経て、現在、立命館大学教員。サイエンス・ライティング講座などを受け持つ。文部科学省COI構造化チーム若手・共創支援グループリーダー。第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。デビュー作『馬疫』(光文社)を2021年2月に上梓。
2024年11月26日号(11月19日発売)は「超解説 トランプ2.0」特集。電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること。[PLUS]驚きの閣僚リスト/分野別米投資ガイド
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