最新記事

ウクライナ侵攻 プーチンの戦争

ロシア軍はウクライナを「シリア」にしようとしている

USING THE SYRIA PLAYBOOK

2022年3月7日(月)15時05分
ジャック・ロシュ(ジャーナリスト)

相次ぐ恐ろしい光景に、多くのウクライナ人が国外に避難している。既に100万人以上が祖国を離れることを余儀なくされた。

民間人を意図的に攻撃か

「今日までは何とか街に残ろうと思っていた」と、ハリコフの自由広場から2キロ足らずのところで暮らすダニエルはBBCに語っている。「私は自分の国を愛しているし、この街を愛している。とても美しい街だ」。彼は妻と3人の幼い子供を連れてモルドバかポーランドに向かうことにした。母親と義理の母親はハリコフに残るつもりだったが、「でも街はたたき壊された」。

執拗な砲撃は国際的な非難を浴びている。ボリス・ジョンソン英首相は90年代のサラエボに対するセルビアの攻撃になぞらえ、「民間人に対して意図的に行われた残虐行為のように感じられる」と述べている。

キエフではテレビ塔と周辺の放送施設が攻撃を受け、5人が死亡。いくつかのチャンネルが放送できなくなった。ロシアは首都へのさらなる攻撃を予告し、住民に避難を促しているため、恐怖に駆られた人々が駅に殺到している。

壊滅的な砲撃に加えて包囲戦の脅威も増している。ロシア軍部隊が町や都市を包囲し、食料や医薬品といった生活必需品の供給を制限して降伏せざるを得ない状況に追い込む作戦だ。キエフやハリコフなどにとどまっている数十万人の住民は、封鎖に備えて備蓄しようと品薄状態のスーパーマーケットの前に長蛇の列をつくっている。

「現在の画像を見ると商品棚は空になっている」と、非営利団体「欧州平和研究所」のエマ・ビールス上級顧問は言う。「こんな状態で包囲されるなんて、とんでもない」

ロシア軍装甲部隊の数十キロに及ぶ隊列がキエフに迫るなか、包囲の可能性はシリア内戦での悲劇的な状況を思い起こさせる。包囲は民間人をひどく苦しめる。無差別爆撃の下で食料や水や医薬品や燃料など必需品が手に入らなくなり、外交の重点は紛争終結から人道援助と住民の避難のルート確保に移る。

「シリアではロシア軍の介入前から包囲は行われていたが、包囲を戦争の道具にしたのはロシアだ」と、ジャーナリストとしてシリアの反政府勢力支配地域からリポートした経験を持つビールスは指摘する。「ロシア側は政府軍による包囲強化に協力し、援助物資など重要物資が交渉抜きでは出入りできないようにした」

「こうした状況はいつか見た光景、だ。気掛かりなのはロシアがシリアでやったようなやり方が繰り返されるだけでなく、それが招き得る結果への備えもできていないことだ」

「歯向かうな」のメッセージ

だが、包囲と攻撃の組み合わせを戦争の道具として使うのはロシアだけではないと、専門家は強調する。

「(第2次大戦が始まった)39年以降の市街戦の勝因をリストアップすれば、標的とする町や都市の包囲も勝因であることが多い」と、地上戦に詳しい英国際戦略研究所(IISS)のベン・バリー上級研究員は指摘する。「攻撃する側が指定ルートでの民間人の退避を許可するケースもあり、ロシアはキエフに関してこれを提案したようだ。ただし、約束を守るかどうかは分からない」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米・イランが間接協議、域内情勢のエスカレーション回

ワールド

ベトナム共産党、国家主席にラム公安相指名 国会議長

ワールド

サウジ皇太子と米大統領補佐官、二国間協定やガザ問題

ワールド

ジョージア「スパイ法案」、大統領が拒否権発動
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 3

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイジェリアの少年」...経験した偏見と苦難、そして現在の夢

  • 4

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 5

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の…

  • 6

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 7

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 8

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 9

    「裸に安全ピンだけ」の衝撃...マイリー・サイラスの…

  • 10

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 8

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 9

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中