第2次大戦後の世界秩序が変わる時
PUTIN’S GAMBIT
これらの危機はどれも悲惨だったが、特定の地域と時期に限定されていた。だが今回の危機は、はるかに広範に及ぶ恐れがある。
「武力で他国の領土を奪わないという第2次大戦後の不文律がゆがめられたことは過去にもある。だが今回は完全に破られたようだ」と、クリントン政権で国防次官補(国際安全保障担当)を務めたジョセフ・ナイは語る。
1930年代のヒトラーとプーチンのもう1つの類似点は、虚実の交ざった妄想を理由に行動を起こしていることだ。
ヒトラーは、ベルサイユ条約という「不平等条約」を覆して、ドイツ語圏を併合するとして、非武装地帯ラインラントへの進駐やオーストリア併合を正当化した。
プーチンも、ウクライナやジョージアなど旧ソ連圏諸国のロシア系住民の希望に応えるためだとか、NATOの東方(つまり旧ソ連圏)拡大が不当だとして、侵攻を正当化してきた。2月21日のテレビ演説では、「ウクライナは隣国であるだけでなく、われわれの歴史と文化と精神の不可分の一部だ」と強弁した。
サイバー攻撃能力の脅威
ロシア帝国の偉大さを取り戻すという、個人的な野望を実現する機が熟したという判断もあったようだ。
2014年にウクライナ領クリミア半島を併合し、さらに東部ドンバス地方の一部を実効支配下に置いて以来、ロシアは制裁を受けてきたが、これなら耐えられるとプーチンは判断したのだろう。
同時に、今やらなければ、ウクライナはNATO加盟を果たしてしまうという焦りも、プーチンにはあったようだ。そうなってからウクライナを攻撃すれば、NATOの基礎となる北大西洋条約第5条(集団的自衛権)に基づき、ロシアはNATOの反撃を受けることになる。
中国などと比べると、ロシアはさほど世界経済に深く組み込まれているわけではない(もちろんエネルギーは例外だが)。
故ジョン・マケイン米上院議員は生前、ロシアは「国家の仮面をかぶったガソリンスタンドだ」と揶揄したものだ。
世界経済から比較的孤立しているということは、「(欧米諸国には)ロシアに影響を与える手段があまりない」ことを意味すると、ジェームズ・スタインバーグ元米大統領副補佐官(国家安全保障担当)は指摘する。
「みんな石油と天然ガスが必要だから、いずれ(ロシアの暴挙を)受け入れるようになるだろうとプーチンは計算しているのだ」