最新記事

ウクライナ情勢

ウクライナの部品がないとロケットも作れず 「宇宙大国ロシア」はプーチンの幻想

2022年3月26日(土)13時30分
知野恵子(ジャーナリスト) *PRESIDENT Onlineからの転載

だが、2020年に再び状況が変わる。米スペースX社が宇宙船で人を宇宙へ運ぶことに成功し、米国は独自の輸送手段を獲得した。ロシアのロケットと宇宙船も引き続き使われてはいるが、以後、宇宙でのロシアの力は再び弱まっていく。

「純国産ロケットと自前の宇宙基地」という幻想

プーチン大統領は、ロシアの宇宙開発がここまで弱体化したのは、国が崩壊しばらばらになったためだと考えるだろう。

現在のロシアの宇宙施設やロケットは、旧ソ連圏の国々や欧州などとの微妙な力関係の上に成り立っている。バイコヌール宇宙基地は、カザフスタンにあり、ロシアはカザフスタンに借料を払わねばならない。

ロシアのロケットは、ウクライナ製の部品やシステムなどの外国技術に依存したり、他国との合弁事業だったりするなど、ロシアだけでは自由にできない状況が長く続いてきた。

ロシア製部品への切り替えなどの対策を講じてきたが、旧ソ連圏をロシア中心でまとめ直そうとしているプーチン大統領にとって、ロシアの技術だけの純国産ロケットを作り、ロシアが自由に使える宇宙基地から打ち上げることが悲願になっている。

このため、新ロケット「アンガラ」の開発や、新たな宇宙基地の建設を進めたが、どちらもまだ本格的な活用までは至っていない。新基地建設をめぐっては大規模汚職が問題になるなど、負の側面も目立った。

宇宙でも「欧米vs中ロ」という分断が起きる

このままいけば、ロシアの宇宙開発は国際社会から締め出される可能性がある。17日に欧州宇宙機関(ESA)が、ロシアと共同で今年打ち上げる予定だった火星探査機の計画を中断すると発表したように、すでにその兆しが見えている。

ISSに滞在する米国の飛行士が、今月末にロシアの宇宙船で地球に帰還する予定になっており、その動向が注目されていたが、NASAは14日、予定通りに進める、と発表。とりあえず最悪の事態は免れた。

国際社会から締め出さされた時、ロシアは中国との連携を深めるだろう。

中国の王毅外相は7日、「中国は停戦に向けた仲介で協力できる」と表明し、ロシアと中国の友情は堅固であるとも強調した。

今、米国が主導して国際協力で月面に有人基地を造る「アルテミス」計画が進められている。だが、ロシアはこれに参加せず、中国と月面基地の建設で協力する政府間合意を1年前に交わし、計画を進めている。一方、中国は独自の宇宙ステーションを建設中で、今年完成する予定だ。ここにロシアが加わることも考えられる。

世界の宇宙開発は二極に分断される恐れがある。双方が目指す月までは、広い宇宙空間が広がる。国際ルールや規範を顧みない中国とロシアがこの広大な宇宙空間でどのようにふるまうか、リスクが高まっている。

知野恵子(ちの・けいこ)

ジャーナリスト
東京大学文学部心理学科卒業後、読売新聞入社。婦人部(現・生活部)、政治部、経済部、科学部、解説部の各部記者、解説部次長、編集委員を務めた。約35年にわたり、宇宙開発、科学技術、ICTなどを取材・執筆している。1990年代末のパソコンブームを受けて読売新聞が発刊したパソコン雑誌「YOMIURI PC」の初代編集長も務めた。


※当記事は「PRESIDENT Online」からの転載記事です。元記事はこちら
presidentonline.jpg




今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中