最新記事

韓国

「北朝鮮が人間らしい生活だった」 脱北者が軍事境界線越えて北朝鮮入り、軍は気づかず

2022年1月12日(水)11時20分
佐々木和義

南北軍事境界線(38度線)を警備する韓国兵 REUTERS/Kim Hong-Ji

<1997年以降、3万2千人余りが韓国に亡命したが、韓国生活に馴染めず北朝鮮に戻る人がいるなど、定着支援が問題となっている...... >

1月1日、南北軍事境界線(38度線)を越え、北朝鮮に入国した人物が確認された。越境から韓国軍が確認するまで3時間近く経っており、監視態勢の不備が指摘されている。

越北者は2020年に脱北して韓国に亡命した男性と見られている。北朝鮮から逃げた人は脱北者、軍事境界線を越えて北朝鮮に入国した人は越北者と呼ばれている。韓国政府が脱北者の定着支援をはじめた1997年以降、3万2千人余りが韓国に亡命したが、韓国生活に馴染めず北朝鮮に戻る人がいるなど、定着支援が問題となっている。

韓国政府が把握している脱北者は3万人余り

2022年1月1日午後6時36分頃、軍事境界線の鉄柵に設置されている警戒システムの警報が作動して6人の兵士が出動したが、異常がないと判断して撤収した。同日9時17分頃、監視カメラの映像を再生したところ、GOP(最前線監視所)の鉄柵を越える人物が監視カメラに映っていた。午後10時40分頃、北朝鮮側に入ったことを確認したという。越北者はGOPに設置された3台の監視カメラに計5回映っていたが、すべて見落としていた。

国境を超えたのは、当局の調べで2020年11月に韓国に亡命した脱北者のキム氏と判明した。キム氏は、身長150センチ、体重50キロの小柄な体型で、北朝鮮では器械体操やボクシングなどをしていたという。継父から常習的な暴行を受け、2020年11月3日、非武装地帯(DMZ)の鉄柵を越えて韓国に亡命した。

韓国政府が把握している脱北者は3万人余りで、韓国が脱北者支援を本格化させた2002年から新型コロナウイルスの拡散で、中朝国境が閉鎖される前の2019年まで、年間1000人を超える人たちが韓国に亡命した。

軍事境界線を越える脱北者は稀で、中国経由が多いという。中朝国境の豆満江を越えて中国に入るが、中国政府に摘発されると北朝鮮に送還される。そこで、韓国の親戚などから送られた支援金をブロカーに支払って韓国などに亡命するか、外国の大使館や領事館、外国人学校などに逃げ込む人もいる。日本の施設に逃げ込んだ脱北者も数百人いると見られている。

「韓国は人が生きる場所ではない」と語っていた

韓国に入国して亡命が認められると、北朝鮮離脱住民定着支援施設のハナ院で生活習慣を学んだ後、住宅が提供されて一般市民と変わらない生活を送ることになる。

キム氏はハナ院で学んだ後、21年3月からソウル市蘆原区に手配された家で暮らしていた。通常、ハナ院を卒院した脱北者は、脱北者コミュニティに参加し、また脱北者の就職や定着を支援する南北ハナ財団やハナ・センターを訪れるが、キム氏はそういった活動を行っていなかったという。

キム氏は21年1月8日の金正恩の誕生日に、韓国メディアの金正恩批判報道を見て「元帥様の誕生日に元帥様をののしるなんて、気分が悪い」と怒り、また、「韓国は人が生きる場所ではない」「北朝鮮が人間らしい生活だった」と語っていたという。蘆原警察署は、キム氏が北朝鮮に戻る兆候が見られると警察庁に報告したが黙殺されていた。

政府機関の集計で2012年以降、約30人が韓国に定着できずに北朝鮮に戻っている。韓国政府が把握していない人を含めるとさらに多くの脱北者が北朝鮮に戻ったとみられ、また、2019年には死亡から2か月経過後に発見された脱北母子もいた。政府の脱北者支援の不備に加えて、韓国社会の脱北者に対する差別的な視線も問題となっている。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

オーストラリア、軍用無人機「ゴーストバット」発注 

ビジネス

豪中銀、予想通り政策金利据え置き インフレリスク警

ワールド

EU、環境報告規則をさらに緩和へ 10日草案公表

ワールド

中国外相「日本が軍事的に脅かしている」、独外相との
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...かつて偶然、撮影されていた「緊張の瞬間」
  • 4
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 5
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 6
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 7
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 8
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 9
    中国の著名エコノミストが警告、過度の景気刺激が「…
  • 10
    「1匹いたら数千匹近くに...」飲もうとしたコップの…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 7
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 8
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 9
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 10
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中