最新記事

中東

厳格なイスラム社会「だからこそ」、サウジに蔓延する麻薬問題の根深さ

Middle East's Drug Capital

2022年1月11日(火)17時16分
アンチャル・ボーラ
カプタゴン

ギリシャ当局が銃や現金などと共に犯罪組織から欧州したカプタゴン Michalis Karagiannis-Reuters

<娯楽ゼロの社会でアンフェタミン製剤「カプタゴン」を常用する若者が急増。唯一の処方箋は社会の開放とも言われるが>

アラブ世界の盟主サウジアラビアが、若者の薬物乱用に頭を抱えている。2021年末に相次いだ3件の摘発事例は、サウジが近隣諸国に圧力をかけて、なんとか薬物の流入を断とうと必死であることを浮き彫りにした。

焦点になっているのは、依存性の強いアンフェタミン製剤「カプタゴン」だ。例えば、シリア政府は11月、サウジに送られるパスタに隠されていたカプタゴン500キロ以上を押収。その数日後には、サウジ当局が、輸入香辛料カルダモンからカプタゴン3000万錠以上を発見した。

12月半ばには、レバノンの国内治安部隊(ISF)が、ヨルダン経由でサウジの首都リヤドに送られる予定のコーヒー豆の袋からカプタゴン400万錠を発見した。

サウジ国内では、もはやカプタゴンの摘発は日常茶飯事になっている。国連薬物犯罪事務所(UNODC)によると、15〜19年に中東で押収されたカプタゴンの半分以上が、サウジアラビアで摘発されたものだった。

製造が簡単で、錠剤として運びやすいカプタゴンは、サウジでの需要を追い風にシリアとレバノンで大量に生産されている。麻薬密売業者にとって、サウジは大きな収益が見込める市場であり、中東における麻薬消費の中心地の様相を呈してきた。

中東でカプタゴンが広がったのは、シリア内戦がきっかけだ。兵士たちが長期戦に耐えるために常用するようになったのだ。だが、バシャル・アサド大統領や側近に対する米国の経済制裁が厳しくなると、収入確保が期待できるカプタゴン市場は地下に潜った。

蔓延するシリア産薬物

シリア政府は、カプタゴンの取引に積極的に関与しているか、少なくとも見て見ぬふりをして利益を得ているとされる。シリアの政府支配地域とレバノンの武装組織ヒズボラが支配する地域は、今やカプタゴンの主要生産地だ。

20年に押収されたシリア産カプタゴンの末端価格は、推定34億6000万ドル。これに対して、19年のシリアとレバノンの正式な輸出規模は計50億ドルもない。

その輸出先となっているのがサウジだ。だが、力強いカプタゴン需要の一方で、大麻や「チャット」といった伝統的な麻薬の需要も衰えていない。チャットは覚醒剤のような作用のある薬草で、14世紀に神秘主義(スーフィズム)の聖人たちが持ち込み、一般に受け入れられてきた。

大麻は、アフガニスタンからイランやイラクを経由して、あるいはレバノンやシリアからヨルダンを経由してサウジに入ってくる。最近ではイエメンから入ってくるルートもある。一方、チャットはほぼ100%イエメン産だ。

カプタゴンはもともと、ドイツで睡眠障害や鬱を治療する目的で使われていた。だが、その依存性が治療効果を上回ることが明らかになり、1980年代に製造販売が禁止されると、生産地はブルガリアとトルコ、そして最終的にレバノンとシリアに移っていった。そこで生産されたカプタゴンは、ヨルダンやエジプト経由でサウジに入ってくる。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロシアがICBM発射、ウクライナ発表 初の実戦使用

ワールド

国際刑事裁判所、イスラエル首相らに逮捕状 戦争犯罪

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部の民家空爆 犠牲者多数

ビジネス

米国は以前よりインフレに脆弱=リッチモンド連銀総裁
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 2
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 3
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 4
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 5
    「ワークライフバランス不要論」で炎上...若手起業家…
  • 6
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 7
    習近平を側近がカメラから守った瞬間──英スターマー…
  • 8
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 9
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 10
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国」...写真を発見した孫が「衝撃を受けた」理由とは?
  • 4
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 5
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 6
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
  • 7
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 8
    建物に突き刺さり大爆発...「ロシア軍の自爆型ドロー…
  • 9
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 10
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    秋の夜長に...「紫金山・アトラス彗星」が8万年ぶり…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 10
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中