最新記事

中東

厳格なイスラム社会「だからこそ」、サウジに蔓延する麻薬問題の根深さ

Middle East's Drug Capital

2022年1月11日(火)17時16分
アンチャル・ボーラ

サウジ政府は、カプタゴン取引がシリアやヒズボラ(サウジの宿敵イランの影響下にある)の懐を潤していることに警戒感を示している。だが、それよりも心配なのは、こうした依存性薬物がサウジの若者に与える影響だ。

サウジの麻薬常用者の過半数は12〜22歳の若者で、依存症患者の40%がカプタゴンを利用している。カプタゴンの流入を断つために近隣諸国に脅しをかけることはできても、娯楽がほとんどない厳格な社会で、若者の麻薬需要を抑えるのは至難の業だ。

実際、一部の専門家は、退屈な上に、社会的な制約が厳しいことが、若者を麻薬に向かわせているとして、ムハンマド・ビン・サルマン皇太子の改革を歓迎する。映画館が増えて、男女の交流が許されるようになれば、麻薬依存は低下するというのだ。

密売には死刑のリスクもあるが

その一方で、音楽コンサートの開催や、女性の自動車運転解禁といった社会改革は、超保守的な文化との衝突を引き起こし、その結果、むしろ麻薬利用の急増をもたらしているという指摘もある。つい最近のある書評は、若者のライフスタイルは欧米的になり、「歓楽効果を増幅」する薬物の乱用が拡大していると断じている。

だが、実際には、ムハンマドの改革前から麻薬は蔓延していた。手に入りやすいことと、こうした薬物に対するイスラムの立場が明確でないこと、そして娯楽活動の欠如が大きな原因だ。

アラブ人のリード(仮名)は、サウジに留学した経験がある28歳。現在は居住許可の更新手続き中で国外にいる。彼はリヤド時代を振り返り、「もちろんみんな麻薬をやっていた。それしかやることがないからね」と語った。「とんでもなく退屈な毎日だ」

「女の子に話し掛けることはできないし、映画も行けない。パブにビールを飲みに行くのもダメ。スターバックスでコーヒーを飲み、ドライブをし、ショッピングモールのレストランに行くくらいしか娯楽はない。それさえも男だけだ。みんなアフガニスタン産の大麻を吸っていた」

サウジでは麻薬密売が見つかれば死刑になる可能性があるが、若者による使用は軽い処分で済むことがほとんどだ。チャットと大麻が受け入れられているため、イスラムでは麻薬の使用が認められていると考える若者も少なくない。

それだけに、麻薬の有害な影響を社会に知らしめるのはサウジ当局にとって難しい課題だ。また、麻薬の流通や使用に関わっている富裕層を取り締まるのは、もっと難しい。

密輸業者も、どんどん新しい手口を考える。サウジがレバノンからの農産物の輸入を禁止すると、家具や水道管にカプタゴンを隠して運び込もうとする業者も出てきた。

どんなに宗教的な規範が厳しく、法的制裁があっても、サウジが麻薬を一掃するのは無理だろうと、リードは言う。ただし、サウジ社会が開放的になれば話は別だ。「最近サウジを訪れると、変化を感じる」と彼は言う。「少しだけよくなった。でも、サウジにとっては、それは『すごくよくなった』と呼べる変化だ」

彼は今、レバノンに住んでいる。おそらくサウジの人々が消費する大麻の産地だ。カプタゴンもそうだろう。「でも、ここでは麻薬なんてやる必要がない」とリードは言う。「生活は楽しいから」

From Foreign Policy Magazine

ニューズウィーク日本版 世界最高の投手
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年11月18日号(11月11日発売)は「世界最高の投手」特集。[保存版]日本最高の投手がMLB最高の投手に―― 全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の2025年

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

MAGA派グリーン議員、トランプ氏発言で危険にさら

ビジネス

テスラ、米生産で中国製部品の排除をサプライヤーに要

ビジネス

米政権文書、アリババが中国軍に技術協力と指摘=FT

ビジネス

エヌビディア決算にハイテク株の手掛かり求める展開に
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生まれた「全く異なる」2つの投資機会とは?
  • 3
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃度を増やす「6つのルール」とは?
  • 4
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 5
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 6
    レアアースを武器にした中国...実は米国への依存度が…
  • 7
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 8
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    反ワクチンのカリスマを追放し、豊田真由子を抜擢...…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 9
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 10
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中