最新記事

気候変動

北極の成績表が示した「地球のエアコン」の危機

Rain at Greenland Summit Station, Beaver in the Arctic Area Cause for Alarm

2021年12月16日(木)22時27分
ゾーエ・ストロズースキ

北極圏の人々の生活を支える「既存のエコシステムが大きく変わりつつある。いや、もっと言えば、音をたてて崩れつつある」と、ムーンは警告する。

北極レポートカードは、12月13日から開催されている米地球物理学連合の秋季大会で発表された。この席でNOAAのリック・スピンラッド主任研究員は、2021年版にデータを寄せた12カ国の111人の研究者を前にこう述べた。「いま北極圏で進行中の長期的な気象の変化は一貫しており、警戒すべき、否定できない現象だ」

「世界のてっぺんを覆っていた壮大な雪と氷の世界が失われつつある。これは、気候変動の進行を示す最も象徴的な指標の1つだ」と、スピンラッドは語った。「北極は地球のエアコンのようなもの。その空調機能に、何十億もの人々の生活が支えられている。残された時間は限られている。このままでは膨大なコストがかかり、多くの死者が出る、取り返しのつかない事態になるだろう」

北極圏では地球の他の地域よりも2〜3倍も速く温暖化が進んでいる。北極海の海氷の融解が進めば、さまざまな問題が生じる。氷の下に眠る膨大な石油天然ガス、鉱物資源を狙って、周辺の国々が競って開発に乗り出し、国家間の軋轢も高まるだろう。一方で、この地域に暮らす人々は、永久凍土の融解によるインフラの劣化に加え、伝統的な狩猟や漁業が脅かされるなど、厳しい状況に直面することになる。

シベリアで38℃の猛暑

海氷が解けて儲かるのはエネルギー産業や海運業だけで、「代々この地域に暮らしてきた人たちは、潤うどころか、祖先の地に住み続けることもできなくなる」と、ベーリング海に面したアラスカ州の町ウナラクリートの気候変動担当の地域コーディネーター、コーリー・エリクソンは訴える。

今年9月に北極海の海氷面積は観測年度の最小を記録したが、観測史上では12番目の小ささにとどまった。しかし1年以上解けずに漂う分厚い氷は減っていて、夏の終わりには、1985年の観測開始以来、2番目に少なくなった。解けやすい薄い氷が増えているのは危険な兆候だ。

「ベーリング海の氷が減っているのを見て、沿岸部の住民は不安に駆られている」と、エリクソンは言う。「エコシステムが崩壊しつつある。この海域での氷の減少が最大の懸念材料ではないか」

折しもNOAAのレポートカード発表の直後、世界気象機関が注目すべき発表を行った。2020年6月にロシアの都市ベルホヤンスクで記録された気温が北極圏の観測史上最高記録であることを公式に認めたのだ。極寒のシベリアで記録されたその気温はなんと38℃。この数字には驚きを通り越して、もはや笑うしかないと、ムーンは言う。

本記事の執筆にあたっては、AP通信の協力を得た。

20250204issue_cover150.png
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年2月4日号(1月28日発売)は「トランプ革命」特集。大統領令で前政権の政策を次々覆すトランプの「常識の革命」で、世界はこう変わる


※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ドバイ国際空港、2024年の利用者は過去最多の92

ワールド

民間機近くの軍用ヘリ飛行を疑問視、米上院議員 空中

ワールド

ロシアの穀物輸出、EUの船舶制裁が圧迫 中銀が報告

ビジネス

大阪製鉄が自社株TOBを実施、親会社の日本製鉄が応
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ革命
特集:トランプ革命
2025年2月 4日号(1/28発売)

大統領令で前政権の政策を次々覆すトランプの「常識の革命」で世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 4
    今も続いている中国「一帯一路2.0」に、途上国が失望…
  • 5
    東京23区内でも所得格差と学力格差の相関関係は明らか
  • 6
    ピークアウトする中国経済...「借金取り」に転じた「…
  • 7
    「やっぱりかわいい」10年ぶり復帰のキャメロン・デ…
  • 8
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? …
  • 9
    空港で「もう一人の自分」が目の前を歩いている? …
  • 10
    フジテレビ局員の「公益通報」だったのか...スポーツ…
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 3
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果が異なる【最新研究】
  • 4
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 5
    緑茶が「脳の健康」を守る可能性【最新研究】
  • 6
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? …
  • 7
    血まみれで倒れ伏す北朝鮮兵...「9時間に及ぶ激闘」…
  • 8
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 9
    今も続いている中国「一帯一路2.0」に、途上国が失望…
  • 10
    煩雑で高額で遅延だらけのイギリス列車に見切り...鉄…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀…
  • 5
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 9
    中国でインフルエンザ様の未知のウイルス「HMPV」流…
  • 10
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中