公用車も買えず、出国はトロッコで...北朝鮮で暮らす各国外交官のリアルな日常
The Life of Diplomats in North Korea
最後は手押しトロッコで北朝鮮を出国したロシア人外交官一家 RUSSIAN FOREIGN MINISTRY
<大使館は自家発電で必要な備品の購入すら困難。制裁のあおりを受けた、あまりに不自由な日常が国連の内部文書に記されていた>
ロシア人外交官は饒舌だった。彼の口調は軽かったから、その場にいた人々には冗談めいて聞こえたかもしれない。だが彼の話は、制裁下の北朝鮮で働く外交官が直面する難題を子細に伝えていた。
2011年9月12日のことだ。語っていたのは、駐北朝鮮ロシア大使(当時)のワレリー・スヒーニン。国連安全保障理事会の各国代表が集まる席上だった。スヒーニンは例えばこんな話をした──。
ロシア大使館は経費や職員給与の支払いのため、モスクワと北京から現金を袋に詰めて運んだ。欧米諸国の銀行が首都・平壌への送金手続きに応じないからだ。
トヨタや三菱自動車など日本の自動車メーカーは制裁違反を恐れて、大使館に車を売ることも部品を供給することもしない。独フォルクスワーゲンは、道路が舗装されていない地方のロシア領事館がジープの購入を申し込んでも、制裁で禁止されている高級品だからという理由で応じなかった──。
公用車が平壌に届いたのは2年後
「ロシア大使館が歴代の(駐北朝鮮)ドイツ大使2人に掛け合ったが、メルセデス・ベンツには大使用の公用車を売ってもらえなかった」と、スヒーニンは語った。「そこで北京のロシア大使館がベンツを購入し、国境を越えて平壌まで車を走らせた」。あれこれ算段を立ててベンツが平壌に到着するまで、かれこれ2年かかったという。
スヒーニンの発言は、北朝鮮問題に関する国連の専門家委員会による機密扱いの内部文書に記されている。そこには、他国の外交・援助関係者などの証言も含まれている。
スヒーニンに言わせれば、こうした不合理で屈辱的な事態は、北朝鮮に対する制裁の副作用だ。制裁は、その影響を受けなくていいはずの人々に大きな影響をもたらしているというのだ。不要な影響を受けているのは北朝鮮の一般市民であり、各国の外交官だという。
スヒーニンが話をした国連の会合から数カ月後、イギリスのカレン・ウォルステンホーム駐北朝鮮大使(当時)が国連本部を訪れた。彼女は国連の制裁担当者を前に、スヒーニンの発言に反論した。新車2台を中国と日本を通じて輸入することはできなかったが、「タイから運ばせるのは簡単だった。数回の電話で済んだ」と、ウォルステンホームは言った。
ただし彼女も、平壌では水道や電気の供給が不安定なので、イギリス、ドイツ、スウェーデンの大使館がある建物では自家発電機を使わざるを得ないと証言した。