最新記事

生態系

クジラが食べるとオキアミは増える...海洋環境を支える「オキアミのパラドックス」

Why Whale Poop Maters

2021年11月23日(火)17時06分
ジェニー・モーバー(サイエンスライター)
クジラ

APRILLE LIPTON/FLICKRーSLATE

<食べる量も驚異的なら、出す量も驚異的。個体情報の宝庫であり、多くの海洋生物の恩恵にもなるクジラの排泄物の奥深さに迫る>

クジラはこれまで考えられていたよりも大量にふんを出している可能性があることが、科学誌ネイチャーのオンライン版に11月初めに掲載された論文で明らかになった。

研究チームはヒゲクジラ類の体にセンサーを取り付け、ドローン(無人機)で追跡。摂餌量(食べる餌の量)を調べ、ふんの量を推定した。

これまでは胃の内容物や飼育下の個体を調べて摂餌量とふんの量を推定していたが、今回の調査でこれまで考えられていた量の約3倍のオキアミを食べていることが分かった。食べる量が多ければ、当然出す量も多くなる。

論文の執筆者の1人でスタンフォード大学ホプキンズ海洋基地の研究員マシュー・サボカは、ふんの量についてはまだ最終的な結論は出ていないと断りつつ、確実なことが1つあると話す。クジラが大量にふんを出せば、地球の生き物全てがその恩恵を受ける、ということだ。

クジラの排泄を見たことがあるだろうか。その光景はまさに圧巻だ。ヒゲクジラ類の一種シロナガスクジラは「便意」を催すと、海洋の深みから水面へと浮上する(水面近くは腸に大きな水圧がかからないから排泄に好都合)。

クジラは水面を滑るように泳ぎながら、蛍光色のゼリー状のふんを後方に噴出する。ゼリーはいくつもの塊となって水面にプカプカ浮く。

セミクジラのふんは耐え難い悪臭

もっとも、クジラの種類や餌によってふんの色や形状は異なる。臭いも違う。バーモント大学の保全生物学者ジョー・ローマンによると、魚を捕食している限り、ザトウクジラのふんの臭いは「ごくマイルド」だ。

耐え難い悪臭で知られるのは絶滅危惧種のセミクジラのふんで、硫黄と海水を混ぜた犬のふんのような臭いがするという。「セミクジラのふんが服に付いたら、いくら洗っても無駄。捨てるしかない」

こんな臭いゼリーでも研究者にとっては「お宝」だ。なぜか。何千キロも海を旅する巨大な生き物を観察するのは容易ではなく、クジラの生態は謎が多い。研究者はさまざまな調査方法を試みているが、ふんを採取して分析する手法ならクジラに余計なストレスをかけずに済むし、ふんは大量にあり、たいがい海面に浮いているから採取しやすい。

ふんの分析で驚くほど多くのことが分かる。個体識別もできるし、性的に成熟しているか、妊娠しているか、生息海域の汚染レベルや寄生虫の有無、遺伝情報なども分かる。船に衝突するなどして傷ついたオスのクジラは強いストレスを受けていることも、ふんを調べて分かった。

2001年の9.11テロの直後にはクジラのストレスホルモン値が下がったことも確認された。航行する船舶が減ったためと考えられる。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

NY外為市場=ドル対円で一時9カ月半ぶり高値、高市

ビジネス

米国株式市場=S&P4日続落、割高感を警戒 エヌビ

ワールド

トランプ氏支持率、2期目最低 生活費高やエプスタイ

ワールド

トランプ氏、サウジ皇太子と会談 F35売却と表明 
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影風景がSNSで話題に、「再現度が高すぎる」とファン興奮
  • 4
    マイケル・J・フォックスが新著で初めて語る、40年目…
  • 5
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 6
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 7
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 8
    「嘘つき」「極右」 嫌われる参政党が、それでも熱狂…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    「日本人ファースト」「オーガニック右翼」というイ…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 9
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 10
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中