最新記事

日本史

勝海舟があっさり江戸城を明け渡した本当の理由 「無血開城」は日常行事だった

2021年11月19日(金)16時45分
門井慶喜(かどい・よしのぶ) *PRESIDENT Onlineからの転載

newsweek_20211118_205645.jpg

江戸城総攻撃を目前にした慶應4年3月13・14日勝海舟と西郷隆盛が会見したことで、無血開城がなされた。このうち14日会談が行われたとされる田町の蔵屋敷跡には西郷の孫吉之助の筆による石碑がある。

幕府側はもちろん勝ったほうでさえ「ほんとに?」と思ったにちがいない劇的な結末。それに乗じて、やれ行け、押せ押せとばかり進撃をたくましくする新政府軍。めざすは徳川の本陣、つまり江戸城の攻め落としである。

実際、彼らは3月6日の時点ではもう甲府に入っていて(以下日付に注意)、その日の軍議で、

──3月15日、江戸城総攻撃。

と決定している。

9日後である。将軍・徳川慶喜はすでにして寛永寺に謹慎しているから大将はいないのだけれども、しかし何しろ江戸の街には「旗本八万騎」と称される将軍直属の親衛隊が駐屯している。いやまあ実際はその駐屯というやつも天下泰平300年のうちに単なる定住と化したわけだが、それでも人数は圧倒的だ。

もらう給料(米の石高)も多いから、士気も高いと思われる。戦闘は苛烈をきわめるだろう。江戸は火の海になるだろう。だいたい城攻めというやつは、攻め手が勝つにしろ、守り手が勝つにしろ、どっちにしても街は火を放たれるものと相場がきまっているのである。しかしその最悪の事態は、結局のところ回避されることになった。

徳川家は総攻撃前日にあっさりと「開城」

新政府代表・西郷隆盛、および幕府代表・勝海舟が二度の会談をし、交渉をし、合意をしたことによる。会談日は3月13日と14日。つまり江戸城は、かろうじて前日に総攻撃をまぬかれたことになるわけだ。

その後の実務は、淡々としていた。4月に入ると新政府側の要人はつぎつぎと入城を果たしたし、5月には、徳川家を相続した6歳の徳川家達の、駿府70万石への転封が決定した(24日)。

家達および家臣団は、これにあっさりと従った。たしかに血は流れなかったのである。

これをイギリス名誉革命とおなじ知的かつ文明的な達成と見るか、それともイギリス名誉革命とおなじ流血未遂にすぎないと見るかは人それぞれだが、しかし日本の江戸開城があれと大きくちがうのは、これ以後に、大規模戦闘が続発したことだった。

無血開城から1年続いた旧幕府側の抗戦

言いかえるなら、無血開城後に血が流れた。

5月15日 上野戦争(天野八郎ら彰義隊が寛永寺で抗戦)
7月29日 北越戦争(河井継之助ら長岡藩兵が長岡城で抗戦)
9月22日 会津戦争(松平容保ら会津藩兵が若松城で抗戦)
(翌年)5月18日 箱館戦争(榎本武揚ら旧幕兵が五稜郭で抗戦)

日付はいちおう、新政府側の勝利が確定した日で統一した。つまり旧幕側は全敗したわけだ。このうち上野戦争は、厳密には徳川家達の駿府転封決定より前に起きているけれども、とにかくこうして年表をながめていると、こんにちの私たちは、

──どうせやるなら、なんで開城前にやらなかったのか。

正直なところ、そう首をひねらざるを得ない。そのほうが兵力の分散も避けられたし、臣下の一分も立ったろう。さんざん将軍の禄を食んでおいて、いざその危急のときに指をくわえて敵の城入りを眺めておりましたでは、後世はもちろん、同時代に対しても、かっこ悪いことおびただしいのである。

(なおこの場合、もちろん長岡藩兵と会津藩兵は話がべつである。彼らは将軍直属ではなく、それぞれの藩主に属しているため、江戸防衛および江戸城防衛の義務はもともとないからである)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

午前の日経平均は反発、TOPIX高値更新 景気敏感

ワールド

原油先物上昇、米・ベネズエラの緊張受け 週間では下

ワールド

アルゼンチンCPI、11月は前月比2.5%上昇 4

ビジネス

野放図な財政運営で後継政権に尻拭いさせず=PB目標
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 2
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれなかった「ビートルズ」のメンバーは?
  • 3
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキャリアアップの道
  • 4
    【揺らぐ中国、攻めの高市】柯隆氏「台湾騒動は高市…
  • 5
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 6
    首や手足、胴を切断...ツタンカーメンのミイラ調査開…
  • 7
    受け入れ難い和平案、迫られる軍備拡張──ウクライナ…
  • 8
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 9
    「何これ」「気持ち悪い」ソファの下で繁殖する「謎…
  • 10
    ピットブルが乳児を襲う現場を警官が目撃...犠牲にな…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 7
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 8
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中