最新記事

日本史

勝海舟があっさり江戸城を明け渡した本当の理由 「無血開城」は日常行事だった

2021年11月19日(金)16時45分
門井慶喜(かどい・よしのぶ) *PRESIDENT Onlineからの転載
江戸城、現在の皇居

江戸城は明治維新にあっても戦場となることなく皇居となってからも静かに佇んでいる。


明治維新のターニングポイントとなった江戸城の無血開城はどのようにして実現したのか。作家の門井慶喜さんは「江戸時代は大名から所領を没収したり、別の土地へ移動させたりすることが日常茶飯事だった。徳川側が抵抗せず城を明け渡したのは、事態の重さを理解していなかったからではないか」という――。

※本稿は、門井慶喜『東京の謎 この街をつくった先駆者たち』(文春新書)の一部を再編集したものです。

結果的に血が流れなかったイギリスの名誉革命

「無血」という語は、むやみやたらと様子がいい。国語辞典を引けばまず、

──戦争の手段によらずに革命、クーデター等をおこなうこと。

というような語釈になる。この世でもっとも野蛮で暴力的ないとなみを、もっとも知的で文明的な方法で解決するという人類至高の達成。

その具体例として誰もが挙げるのはイギリスの名誉革命だろう。勃発したのは1688年だから、日本ではいわゆる元禄時代、江戸幕府第五代将軍・徳川綱吉がはじめて生類憐みの令を出したころ。

英語のGlorious Revolutionの語感もあり、さぞかし紳士的な話し合いが持たれたのだろうと想像してしまうが、実際はどうか。この革命はひとことで言うと宗教騒動だった。

国王のカトリック推しがあんまり激しすぎるので、プロテスタント派の貴族たちが、海の向こうのオランダ総督に、

──兵をさしむけてくれ。

と頼んだところ、おどろくことに総督みずから上陸してきたので、貴族たちは相次いで馳せ参じた。

国王は側近にまで寝返られ、孤立無援となり、ロンドンを去ってフランスに逃亡したというしだい。なるほど血が流れなかったから「名誉」革命というわけだが、しかしこれなら単なる結果論にすぎないと見ることも可能である。

江戸城の無血開城は本当に「無血」だったのか

少なくとも総督のイギリス上陸の時点では、双方、戦争する気まんまんだったはずなのだ。だいたい国王とオランダ総督はこのとき対立関係にありながら、同時に義理の親子の関係でもあったので(国王ジェームズ二世の娘メアリが総督オラニエ公ウィレムの妻)、その意味ではこれは革命でも何でもなく、家庭内の権力譲渡にすぎないともいえる。

いずれにしても、こんなふうに歴史上「無血」と呼ばれる事件というのは、つぶさに見てみれば、たいていは未遂に終わった流血にすぎないようだ。スウェーデンのグスタフ三世による王権奪回も、リビアのカダフィによる政権掌握もである。どちらも軍人と行動をともにしている。

(もっとも、イギリス史のために言っておくと、この名誉革命を機にこの国の政体が絶対王制から立憲君主制へ変化したことは事実である。これは世界史の画期だった。王権よりも法律や議会といったものの力が大きく国を動かすようになった点では、たしかに「話し合い」の世の中への大きな一歩ではあった。)

ならば日本の場合はどうか。和製「無血」の代表は何と言っても江戸城の無血開城だろう。高校の教科書などにも「無血」とはっきり記してあるのではないかと思うが、これははたして知的かつ文明的な話し合いの結果だったかどうか。

新政府軍は徳川の本陣、江戸城をめざした

そもそもの話のはじまりは、鳥羽伏見の戦いである。慶応4年(1868)1月、京都南郊の鳥羽および伏見の地において、薩摩・長州藩兵を主体とする新政府軍が幕府軍に勝利した。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米ウォルマートCEOにファーナー氏、マクミロン氏は

ワールド

中国、日本への渡航自粛呼びかけ 高市首相の台湾巡る

ビジネス

カンザスシティー連銀総裁、12月FOMCでも利下げ

ビジネス

米国とスイスが通商合意、関税率15%に引き下げ 詳
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    『トイ・ストーリー4』は「無かったコト」に?...新作のティザー予告編に映るウッディの姿に「疑問の声」続出
  • 4
    文化の「魔改造」が得意な日本人は、外国人問題を乗…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    「水爆弾」の恐怖...規模は「三峡ダムの3倍」、中国…
  • 7
    中国が進める「巨大ダム計画」の矛盾...グリーンでも…
  • 8
    「不衛生すぎる」...「ありえない服装」でスタバ休憩…
  • 9
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 10
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 7
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 8
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 9
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 10
    レイ・ダリオが語る「米国経済の危険な構造」:生産…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中