最新記事

中国

「羊毛は羊の体に生える」と「バラマキ」を戒める中国――日本の「成長と分配」は?

2021年10月25日(月)09時12分
遠藤誉(中国問題グローバル研究所所長)

岸田首相は財務次官に「協力してもらわないと困る」と言うのなら、財務大臣にも同じことを言わなければならず、ここでも岸田氏特有の「ブレ」が見られる。

米中日EUの政府債務対GDP比推移

グラフが複雑になって見にくくなるので、図1にはEUに関しては描いていないが、EUも含めた「米中日EUの政府債務対GDP比推移」を図2に示したい。

図2:米中日EU政府債務対GDP比推移

endo20211024130702.jpg
出典:IMFデータに基づき筆者作成

図2を見れば一目瞭然だが、日本だけは飛び抜けて政府債務のGDP比が高い。つまり、GDPが低空飛行なのに、債務ばかりが膨らんでいるという状況だ。

アメリカがやや高いのは、米ドルが世界の基軸通貨として君臨しており、どんなに米ドルを刷っても、アメリカの国債を他の国が購入しなければならないシステムになっていて、他国が尻拭いをしてくれるからだと、中国側は説明している。

すなわち、どんなに米ドルを刷っても、関連国が競ってアメリカの国債を購入してくれるので、米ドルは信用を失わないでいられるということだ。

だから中国は今、この米ドル覇権を崩していこうと必死ではある。

そのような中、基軸通貨でもない日本円を、ひたすら刷っていってもいいのかというのが、矢野事務次官の論旨の一つでもあろう。

筆者は経済学者ではないので、専門の議論はその道のプロにお任せするとして、もし日本の政府債務対GDP比が高いのが、政権維持のために頻繁に行われる選挙のためであるとするなら、歓迎すべきことでないのは確かだ。

コロナ危機の状況にあって、コロナによって困窮している人たちを支援するのは焦眉の急であるとしても、全国一律に支援金を分配するのは妥当ではない。次年度の所得税を支払うときに差し引くという案は受け入れるとしても、公明党のように富裕層の子供も貧困層の子供も「子供は子供」なので、一律に支援するという政策は賛同し兼ねる。論理的整合性に欠けるとしか思えない。

また岸田首相が安倍・麻生両氏の指導の下、アベノミクスを基本とするなら、どんなに言葉で「成長と分配の両輪」と言っても日本の成長は望めないのではないのか。

そもそも岸田首相は所信表明演説で、一言も「改革」と言わなかった。改革なくして成長があるとは思えないし、「政治と金」により招いた不信もぬぐえない。

その点の歯切れの悪さと矢野事務次官の「バラマキ合戦」批判が、ふと「羊毛は羊の体に生える」という中国古来からの言葉を想起させ、日米中の比較をしてみたいと思った次第だ。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

この筆者の記事一覧はこちら

51-Acj5FPaL.jpg[執筆者]遠藤 誉
中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。著書に『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史  習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社、3月22日出版)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』、『激突!遠藤vs田原 日中と習近平国賓』、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』,『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『卡子(チャーズ) 中国建国の残火』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

外為・株式先物などの取引が再開、CMEで11時間超

ワールド

インドGDP、7─9月期は前年同期比8.2%増 予

ワールド

今年の台湾GDP、15年ぶりの高成長に AI需要急

ビジネス

伊第3四半期GDP改定値、0.1%増に上方修正 輸
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 4
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 5
    「攻めの一着すぎ?」 国歌パフォーマンスの「強めコ…
  • 6
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 7
    エプスタイン事件をどうしても隠蔽したいトランプを…
  • 8
    子どもより高齢者を優遇する政府...世代間格差は5倍…
  • 9
    メーガン妃の「お尻」に手を伸ばすヘンリー王子、注…
  • 10
    バイデンと同じ「戦犯」扱い...トランプの「バラ色の…
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネディの孫」の出馬にSNS熱狂、「顔以外も完璧」との声
  • 4
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 5
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 6
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 7
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後…
  • 8
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中