「羊毛は羊の体に生える」と「バラマキ」を戒める中国――日本の「成長と分配」は?
岸田首相は財務次官に「協力してもらわないと困る」と言うのなら、財務大臣にも同じことを言わなければならず、ここでも岸田氏特有の「ブレ」が見られる。
米中日EUの政府債務対GDP比推移
グラフが複雑になって見にくくなるので、図1にはEUに関しては描いていないが、EUも含めた「米中日EUの政府債務対GDP比推移」を図2に示したい。
図2:米中日EU政府債務対GDP比推移
出典:IMFデータに基づき筆者作成
図2を見れば一目瞭然だが、日本だけは飛び抜けて政府債務のGDP比が高い。つまり、GDPが低空飛行なのに、債務ばかりが膨らんでいるという状況だ。
アメリカがやや高いのは、米ドルが世界の基軸通貨として君臨しており、どんなに米ドルを刷っても、アメリカの国債を他の国が購入しなければならないシステムになっていて、他国が尻拭いをしてくれるからだと、中国側は説明している。
すなわち、どんなに米ドルを刷っても、関連国が競ってアメリカの国債を購入してくれるので、米ドルは信用を失わないでいられるということだ。
だから中国は今、この米ドル覇権を崩していこうと必死ではある。
そのような中、基軸通貨でもない日本円を、ひたすら刷っていってもいいのかというのが、矢野事務次官の論旨の一つでもあろう。
筆者は経済学者ではないので、専門の議論はその道のプロにお任せするとして、もし日本の政府債務対GDP比が高いのが、政権維持のために頻繁に行われる選挙のためであるとするなら、歓迎すべきことでないのは確かだ。
コロナ危機の状況にあって、コロナによって困窮している人たちを支援するのは焦眉の急であるとしても、全国一律に支援金を分配するのは妥当ではない。次年度の所得税を支払うときに差し引くという案は受け入れるとしても、公明党のように富裕層の子供も貧困層の子供も「子供は子供」なので、一律に支援するという政策は賛同し兼ねる。論理的整合性に欠けるとしか思えない。
また岸田首相が安倍・麻生両氏の指導の下、アベノミクスを基本とするなら、どんなに言葉で「成長と分配の両輪」と言っても日本の成長は望めないのではないのか。
そもそも岸田首相は所信表明演説で、一言も「改革」と言わなかった。改革なくして成長があるとは思えないし、「政治と金」により招いた不信もぬぐえない。
その点の歯切れの悪さと矢野事務次官の「バラマキ合戦」批判が、ふと「羊毛は羊の体に生える」という中国古来からの言葉を想起させ、日米中の比較をしてみたいと思った次第だ。
※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。
[執筆者]遠藤 誉
中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。著書に『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社、3月22日出版)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』、『激突!遠藤vs田原 日中と習近平国賓』、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』,『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『卡子(チャーズ) 中国建国の残火』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。