最新記事

うつ病に治療のための、新たな脳深部刺激療法が開発される

2021年10月8日(金)17時30分
松岡由希子

うつ病に関与する脳部位は患者によって異なるとみられるため、従来の脳深部刺激療法は難しかった (Ken Probst/UCSF)

<うつ病の症状に関連する脳部位に神経刺激装置を埋め込んで電気刺激を与えるという「治療抵抗性うつ病」の新たな治療法の原理証明に初めて成功した>

米カリフォルニア大学サンフランシスコ校の研究チームは、うつ病の症状に関連する脳部位に神経刺激装置を埋め込んで電気刺激を与えるという「治療抵抗性うつ病(TRD:抗うつ薬に反応しないうつ病)」の新たな治療法の原理証明(PoP)に初めて成功した。

その研究成果は2021年10月4日に生物医学ジャーナル誌「ネイチャーメディシン」で公開されている。

うつ病に関与する脳部位は患者によって異なるとみられる

脳深部に電極を埋め込み、電気刺激を継続的に送り込むことによって症状の改善をはかる「脳深部刺激療法(DBS)」はパーキンソン病などの不随意運動疾患の治療に用いられ、うつ病をはじめとする精神疾患への適応についても研究がすすめられてきた。

しかし、うつ病に関与する脳部位は患者によって異なるとみられるため、一定の電気刺激を単一の脳領域にのみ送り込む従来の脳深部刺激療法の治療効果は、限定的なものにとどまっている。

そこで、研究チームは、うつ病の発症を示す脳活動の特殊なパターンを発見し、「神経系バイオマーカー」となるこのパターンを認識したときだけ反応するよう、従来の脳深部刺激療法用医療機器をカスタマイズした。これにより、脳回路の様々な領域を刺激でき、うつ病を引き起こす脳や神経回路への治療を患者ごとに行うことができる。

Personalized Deep Brain Stimulation Therapy (DBS)


研究チームは、アメリカ食品医薬品局(FDA)の治験用医療機器適用免除(IDE)のもと、2020年6月、長年「治療抵抗性うつ病」を患っている女性の脳にこの医療機器を埋め込んだ。電極リードの一方を「神経系バイオマーカー」と特定された脳部位に、他方を気分症状が最もよく緩和したうつ病脳回路に挿入したという。

その結果、女性患者のうつ病の症状は直ちに緩和され、その効果は15ヶ月間にわたって持続した。効果が現れるまでに4〜8週間を要する従来の「脳深部刺激療法」に比べ、大幅に早く症状を緩和できることが示された。

「従来の精神医学では患者ごとにパーソナライズ治療はできなかった」

研究論文の筆頭著者でカリフォルニア大学サンフランシスコ校のキャサリン・スキャンゴス医学博士は「うつ病患者にカスタマイズした治療を届け、症状を緩和できた。従来の精神医学では、このように患者ごとにパーソナライズした治療はできなかった」と述べている。

この治験にはすでに2名の患者が登録しており、さらに9名を加え、うつ病の発症を示すパターンに関与する脳回路は患者によってどのように異なるのか、治療を継続するにつれてこの脳回路は変化するのかどうか、解明していく方針だ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米CB消費者信頼感3月は92.9に低下、期待指数は

ワールド

米、ロ・ウクライナと合意 黒海での航行安全確保巡り

ワールド

中国、軍事・サイバー上の最大の脅威=米情報機関

ワールド

韓国南東部で山火事拡大、世界遺産の安東河回村にも避
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
2025年4月 1日号(3/25発売)

トランプの「逆風」をはね返す企業の努力が地球を救う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 2
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 3
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取締役会はマスクCEOを辞めさせろ」
  • 4
    「トランプが変えた世界」を30年前に描いていた...あ…
  • 5
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 6
    トランプ批判で入国拒否も?...米空港で広がる「スマ…
  • 7
    「悪循環」中国の飲食店に大倒産時代が到来...デフレ…
  • 8
    【クイズ】アメリカで「ネズミが大量発生している」…
  • 9
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えな…
  • 10
    トランプの脅しに屈した「香港大富豪」に中国が激怒.…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 5
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えな…
  • 6
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 7
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 8
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 9
    【クイズ】世界で2番目に「レアアース」の生産量が多…
  • 10
    古代ギリシャの沈没船から発見された世界最古の「コ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 7
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 8
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 9
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 10
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中