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アメリカ社会

【現地ルポ】リベラル州ハワイ、全米トップクラスのコロナ対策とその反動

2021年10月2日(土)14時30分
阿部 純(ハワイ大学マノア校客員研究員)

彼らの主張は「反マスク」「反ワクチン」ではなく、「プロ・フリーダム」「プロ・チョイス」というもの。つまり、マスク着用やワクチン接種をするかどうかは個人が「自由に選択」すべき、という立場だ。

アメリカ社会で「プロ・チョイス」というのは通常、女性の妊娠中絶の権利を主張する人々が使う表現だ。宗教右派を中心とした中絶反対派が「プロ・ライフ」(生命の尊重)を主張する一方、中絶擁護派は「プロ・チョイス」(選択の尊重)を主張し、社会闘争を繰り広げてきた。「プロ・チョイス」という、通常はリベラル派が使うスローガンが規制反対派によって使われるという現象自体が、「自由」や「選択」という概念の政治的な複雑さや言説のねじれを表している。

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デモ参加者が掲げるプラカード(9月25日) Jun Abe

規制反対派は「選択の自由」を謳い「義務化」には断固反対の姿勢を示す。実際、デモ隊の掲げるプラカードを見てみると「これは『選択』ではない、強制だ」というものや、「あなたの身体、決めるのはあなた」、「選択の自由を!」など、「選択」や「自由」といった文字が多く目に入る。

ワクチン接種の意思は個人の権利に属するべきであり、連邦政府やハワイ州政府のコロナ対策が人々の自由を侵害しているというメッセージを伝えている。デモ隊は「フリーダム!フリーダム!」と唱和しながら行進を続けた。その横を通る車の多くは、クラクションを鳴らすことでデモへの賛同を伝える。それに反応にして人々がまた叫ぶ。これが幾度となく繰り返されていた──。

「自由」を謳う活動とリベラル州ハワイの今後

連日のようにデモが起きているこの状況をどのように見るべきか。冒頭でも触れたが、ハワイ州のマスク着用率、ワクチン接種率は全米でもトップクラスだ。デモ参加者の数を見ても、抗議デモがハワイ州全体の声を反映しているとは言えないだろう。

しかしハワイでは、こうした抗議の声を無視できない状況にもなっている。9月初めにはホノルル市庁舎の周辺で抗議活動が行われ、ブランジャルディ市長が抗議者と話し合うなどの対応に追われた。また、ハワイ州副知事のジョシュ・グリーン氏は、こうしたデモによる感染拡大に懸念を示すなど活動の自粛を促している。医師でもあるグリーン氏はコロナ対策において重要な役割を果たしている人物だ。そのグリーン氏の自宅前にはデモ隊が詰め寄るなど、抗議活動は過激な面も見せている。

コロナ規制をめぐり、人々の間で緊張感が高まっているように筆者は感じている。デルタ株が世界で猛威を振るう中、いまだにコロナ禍が終息する気配は見えない。これ以上の感染者と重傷者を防ぐためにも、今後もハワイでは規制が続くことになるだろう。

一方、今回実施された新たな規制プログラムにより、この「自由」を謳う活動は、果たして拡大していくのか。それが市政、はたまた州政に大きな影響を与えることになるのか。ワクチン接種義務化への抗議の声が世界で上がっている今、リベラル州として知られるハワイの今後にも注目していく必要があるだろう。

【筆者】阿部 純
東北大学大学院国際文化研究科博士後期課程在籍。現在、ハワイ大学マノア校客員研究員。専門は日系アメリカ人史。

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