最新記事

生物

オスが妊娠して赤ちゃんを出産...タツノオトシゴの不思議な生態

2021年9月27日(月)16時04分
青葉やまと

春から秋にかけての繁殖期、オスとメスが互いにパートナーとなると、時に情熱的に尾を絡ませ合いながら、数時間から数日をかけた求愛ダンスを繰り広げる。オスの腹部には育児嚢という袋が備わっており、メスはこのなかに産卵管を挿し込む。無事に卵を送り込むと、メスの仕事はここでおしまいとなる。卵は無精卵の状態で送られ、オスが育児嚢のなかに精子を放つことで受精する。オスの体内で受精するめずらしい方式だ。

その後、オスは栄養豊富な脂肪分やカルシウムなどを胚に供給し、これにより胚はタツノオトシゴらしい立派な骨格を発達させてゆく。1週間から3週間もすると卵がオスの育児嚢のなかで孵化し、安全な環境ですくすくと成長してゆく。さらに1週間ほど経つとオスのお腹は大きく膨らみ、これで出産の準備が完了だ。出産のタイミングが来ると腹部の筋肉が強力に収縮し、稚魚たちは海のなかへと旅立ってゆく。

ネイチャー・ワールド・ニュース誌は、その数は数十匹からときに1000匹にも及ぶと紹介している。生存競争は厳しく、生体になることができるのはわずか0.5%ほどだ。オスは出産後しばらくは食事をしないが、数時間経って空腹になったときに幼体が近くにいれば、自分が産んだ子供を食べてしまうことすらある。

進化の過程でオスの妊娠へと切り替わる

このような独自の出産方法は、タツノオトシゴとその近縁種が長い時間をかけて獲得してきたものだ。通常ならば体外から持ち込まれた胚は異物として認識され、免疫系に攻撃されてしまう。タツノオトシゴのなかまは免疫の反応感度を落とすことで、体内に持ち込まれた卵が孵化してもそれを許容するしくみが完成したようだ。

このしくみは、米国科学アカデミー紀要に掲載された近年の研究によって明らかになった。研究はヨーロッパの国際チームが行い、タツノオトシゴのなかまであるヨウジウオ科魚類について、種の進化上の分岐に着目して遺伝子を比較した。すると、体外受精から進化の過程で徐々に雄性妊娠へと切り替わってゆく段階で、妊娠に関わる遺伝子の変化が起きていた。さらにこの変化は、外部からの病原体に反応する適応免疫系の変化と常に同時に起きていたことが確認されたという。

このことから研究チームは、タツノオトシゴが進化の過程で免疫系の感度を犠牲にし、それと引き換えに雄性妊娠を獲得したと考えている。免疫系を犠牲にすることで胚を守るしくみ自体は多くの脊椎動物にも共通する部分があるとみられており、人間の免疫異常への研究にも応用が期待されている。タツノオトシゴの場合は進化の過程で雄性妊娠へと切り替わったため、このような検証にとくに適していたとのことだ。

愛くるしい見た目に目を奪われがちなタツノオトシゴだが、オスが妊娠・出産するというめずらしい生態を備えているほか、学術的にも貴重な研究資料となっているようだ。

Amazing Male Seahorse Giving Birth To Thousands Of Babies Underwater

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

米農場の移民労働者、トランプ氏が滞在容認

ビジネス

中国、太陽光発電業界の低価格競争を抑制へ 旧式生産

ワールド

原油先物は横ばい、米雇用統計受け 関税巡り不透明感

ワールド

戦闘機パイロットの死、兵器供与の必要性示す=ウクラ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 4
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 5
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 6
    ワニに襲われた直後の「現場映像」に緊張走る...捜索…
  • 7
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 8
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた…
  • 9
    吉野家がぶちあげた「ラーメンで世界一」は茨の道だ…
  • 10
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 1
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 2
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 3
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 4
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 5
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 6
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギ…
  • 7
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 8
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 9
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 10
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 7
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 8
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 9
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 10
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中