オスが妊娠して赤ちゃんを出産...タツノオトシゴの不思議な生態
春から秋にかけての繁殖期、オスとメスが互いにパートナーとなると、時に情熱的に尾を絡ませ合いながら、数時間から数日をかけた求愛ダンスを繰り広げる。オスの腹部には育児嚢という袋が備わっており、メスはこのなかに産卵管を挿し込む。無事に卵を送り込むと、メスの仕事はここでおしまいとなる。卵は無精卵の状態で送られ、オスが育児嚢のなかに精子を放つことで受精する。オスの体内で受精するめずらしい方式だ。
その後、オスは栄養豊富な脂肪分やカルシウムなどを胚に供給し、これにより胚はタツノオトシゴらしい立派な骨格を発達させてゆく。1週間から3週間もすると卵がオスの育児嚢のなかで孵化し、安全な環境ですくすくと成長してゆく。さらに1週間ほど経つとオスのお腹は大きく膨らみ、これで出産の準備が完了だ。出産のタイミングが来ると腹部の筋肉が強力に収縮し、稚魚たちは海のなかへと旅立ってゆく。
ネイチャー・ワールド・ニュース誌は、その数は数十匹からときに1000匹にも及ぶと紹介している。生存競争は厳しく、生体になることができるのはわずか0.5%ほどだ。オスは出産後しばらくは食事をしないが、数時間経って空腹になったときに幼体が近くにいれば、自分が産んだ子供を食べてしまうことすらある。
進化の過程でオスの妊娠へと切り替わる
このような独自の出産方法は、タツノオトシゴとその近縁種が長い時間をかけて獲得してきたものだ。通常ならば体外から持ち込まれた胚は異物として認識され、免疫系に攻撃されてしまう。タツノオトシゴのなかまは免疫の反応感度を落とすことで、体内に持ち込まれた卵が孵化してもそれを許容するしくみが完成したようだ。
このしくみは、米国科学アカデミー紀要に掲載された近年の研究によって明らかになった。研究はヨーロッパの国際チームが行い、タツノオトシゴのなかまであるヨウジウオ科魚類について、種の進化上の分岐に着目して遺伝子を比較した。すると、体外受精から進化の過程で徐々に雄性妊娠へと切り替わってゆく段階で、妊娠に関わる遺伝子の変化が起きていた。さらにこの変化は、外部からの病原体に反応する適応免疫系の変化と常に同時に起きていたことが確認されたという。
このことから研究チームは、タツノオトシゴが進化の過程で免疫系の感度を犠牲にし、それと引き換えに雄性妊娠を獲得したと考えている。免疫系を犠牲にすることで胚を守るしくみ自体は多くの脊椎動物にも共通する部分があるとみられており、人間の免疫異常への研究にも応用が期待されている。タツノオトシゴの場合は進化の過程で雄性妊娠へと切り替わったため、このような検証にとくに適していたとのことだ。
愛くるしい見た目に目を奪われがちなタツノオトシゴだが、オスが妊娠・出産するというめずらしい生態を備えているほか、学術的にも貴重な研究資料となっているようだ。
Amazing Male Seahorse Giving Birth To Thousands Of Babies Underwater