最新記事

新型コロナウイルス

所得格差と経済成長の関係──再配分政策が及ぼす経済的影響

2021年9月13日(月)14時28分
鈴木 智也(ニッセイ基礎研究所)

3|格差是正の必要性に関する論調の変化

ここまで見てきたように経済成長と所得格差の関係を説明する議論は、まだ万人が納得するようなコンセンサスはできていない。また、これまでに世界で行われた様々な実証研究でも、その結果は、肯定的、否定的、関係自体が明確でないとするものなど様々だ1。ただ、足元の変化として意識されるのは、従来のように経済成長を通じて、所得格差が自然と縮小していくとする見方だけでなく、所得格差が経済成長に悪影響を及ぼすとの認識が増えて来たことだ。

後者の見方として注目されるのは、2014年に国際通貨基金(IMF)と経済協力開発機構(OECD)が公表したレポートがある。IMF2によれば、所得格差は経済成長の抑制や、経済成長の持続可能性を低下させる可能性がある一方、所得再配分政策は一定レベルに留まる限りにおいては、経済成長への悪影響は確認されないと説明している。また、翌年2015年に公表されたレポート3では、「貧困層・中間層の所得シェアが1パーセントポイント拡大すると、その国のGDP成長率が5年間で0.38パーセントポイントも増大する。対照的に、富裕層の所得シェアが1パーセントポイント上昇すると、GDP成長率は0.08パーセントポイント縮小する」と分析している。同様にOECD4は、所得格差の趨勢的な拡大は、経済成長を大きく抑制していると分析し、「租税政策や移転政策への取組みは、適切な政策設計(対象を適切に絞り込み、最も効率的なツールを重視した政策)の下で実施される限り、成長を阻害しない」と結論づけている。そのうえで、政策的な対応としては、現金移転のような貧困防止対策だけでは不十分であり、質の高い教育や訓練、保健医療などの公共サービスへのアクセス拡大などが必要であると指摘している。

4――日本における所得格差の現状

所得格差の大きさを示す指標には、様々なものがある。代表的な格差の指標であるジニ係数は、所得分布の均等度を示す指標であり、所得分布が完全に平等であれば0になり、完全に不平等であれば1になる指標である。また、政策的な視点から注目されることの多い相対的貧困率は、一定基準(所得中央値の半分)を下回る所得しか得ていない者の割合を表す指標である。この2つの指標から日本における所得格差の現状をみると、次のようになる。

―――――――――――
1 Kholeka Mdingi,Sin-YuHo," Literature review on income inequality and economic growth" MethodsX vol.8 (2021)

2 Jonathan D. Ostry, Andrew Berg, and Charalambos G. Tsangarides, "Redistribution, Inequality, and Growth" IMF STAFF DISCUSSION NOTE, February 2014.

3 Era Dabla-Norris, Kalpana Kochhar, Nujin Suphaphiphat, Frantisek Ricka, Evridiki Tsounta, "Causes andConsequences of Income Inequality: A Global Perspective" IMF STAFF DISCUSSION NOTE, JUNE 2015.

4 OECD Social, Employment and Migration Working Papers, December 2014

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ウクライナ紛争は26年に終結、ロシア人の過半数が想

ワールド

米大使召喚は中ロの影響力拡大許す、民主議員がトラン

ワールド

ハマスが停戦違反と非難、ネタニヤフ首相 報復表明

ビジネス

ナイキ株5%高、アップルCEOが約300万ドル相当
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足度100%の作品も、アジア作品が大躍進
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...どこでも魚を養殖できる岡山理科大学の好適環境水
  • 4
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者…
  • 5
    ジョンベネ・ラムジー殺害事件に新展開 父「これま…
  • 6
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 7
    ゴキブリが大量発生、カニやロブスターが減少...観測…
  • 8
    ノルウェーの海岸で金属探知機が掘り当てた、1200年…
  • 9
    【投資信託】オルカンだけでいいの? 2025年の人気ラ…
  • 10
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 1
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開したAI生成のクリスマス広告に批判殺到
  • 4
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 5
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 6
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 7
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 8
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 9
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 10
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中