最新記事

サイエンス

DNAに残された古代のウイルスの痕跡は「ジャンクDNA」ではない......細胞が免疫化されている

2021年9月14日(火)16時00分
松岡由希子

DNAに残された古代のウイルスの痕跡はウイルスへの感染防御に寄与している可能性がある Shutter2U -iStock

<古代のウイルスの痕跡はあらゆる動物のゲノムに残されており、何ら機能を持たない「ジャンクDNA」だと考えられてきたが、ウイルスへの感染防御に寄与している可能性があることが明らかに>

「内在性ウイルス様配列(EVE)」とは、ウイルスのゲノム配列が生物の生殖細胞系に感染することによって宿主ゲノムに内在化したことに由来するゲノム配列である。このような古代のウイルスの痕跡はあらゆる動物のゲノムに残されており、ヒトゲノムでは内在性ウイルス様配列が約8%を占めている。

これまで、内在性ウイルス様配列は、何ら機能を持たない「ジャンクDNA」だと考えられてきたが、ウイルスへの感染防御に寄与している可能性があることが明らかとなった。つまり、内在性ウイルス様配列は、意味があって、世代を超えて受け継がれ、そのまま残されてきたのだ。

恐竜時代に有袋類のDNAに組み込まれたボルナウイルスも

豪ニューサウスウェールズ大学(UNSW)の研究チームは、コアラ、ダマヤブワラビー、タスマニアデビル、スミントプシスなど、豪州で生息する有袋類13種35個体のDNAとRNAを分析し、2021年9月2日、ウイルス学のオープンアクセス科学ジャーナル「ウイルス・レボリューショ」でその研究成果を発表した。

これによると、サンプルとなったすべての個体で、ボルナウイルス、フィロウイルス、パルボウイルスからの内在性ウイルス様配列が見つかった。南アメリカ大陸とオーストラリア大陸がまだ陸続きであった恐竜時代に有袋類のDNAに組み込まれたボルナウイルスもあったという。

従来、ボルナウイルスは1億年前に進化したと考えられてきたが、ほぼすべての有袋類のDNAで見つかったボルナウイルスは1億6000万年前のものであった。

また、内在性ウイルス様配列の一部はRNAに転写されていた。このRNAはタンパク質へ翻訳されずに機能する「ノンコーディングRNA」で、遺伝子の転写の調整やウイルスに対する防御など、様々な細胞機能に役立っている。コアラでは、内在性ウイルス様配列の一部が、動植物の免疫系で用いられる「siRNA」や「piRNA」に転写されていることが確認された。

そのメカニズムはワクチン接種と似ている

研究論文の筆頭著者でニューサウスウェールズ大学の博士課程に在籍するエマ・ハーディング研究員は「動物のDNAは基本的にウイルス配列を取得している。そのメカニズムはワクチン接種と似ているが、世代を超えて引き継がれ、ウイルスの痕跡を保持することで、将来の感染に対して細胞が免疫化されている」と述べている。

ハーディング研究員は、有袋類を対象とした今回の研究成果をふまえ、「ヒトを含む他の動物でも同様のことが起こっているかもしれない」と考察する。DNAに内在するウイルスの痕跡をより詳しく調べることで、これらが我々をどのように防御しているのかを知る手がかりが得られるかもしれない。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

EU、35年以降もエンジン車販売を容認する制度検討

ビジネス

日経平均は続落、5万円割れ AI関連株の下げが重し

ワールド

SNS情報提出義務化、米国訪問に「委縮効果」も 業

ビジネス

三菱UFJFG社長に半沢氏が昇格、銀行頭取は大沢氏
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連疾患に挑む新アプローチ
  • 4
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 5
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 6
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 7
    アダルトコンテンツ制作の疑い...英女性がインドネシ…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    「なぜ便器に?」62歳の女性が真夜中のトイレで見つ…
  • 10
    現役・東大院生! 中国出身の芸人「いぜん」は、なぜ…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 3
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 4
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 7
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 8
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 9
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 10
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中