最新記事

サイエンス

眼がついた人工脳が作製される

2021年8月30日(月)18時50分
松岡由希子

60日で視覚器として成熟した脳オルガノイド CREDIT: ELKE GABRIEL

<ヒト人工多能性幹細胞(iPSCs)を用いて、眼の発達途上で現れる器官「眼杯」がついた脳オルガノイドを作製することに成功した>

独ハインリッヒ・ハイネ大学らの研究チームは、ヒト人工多能性幹細胞(iPSCs)を用いて、眼の発達途上で現れる器官「眼杯」がついた脳オルガノイドを作製することに成功した。

脳オルガノイドは、左右対称の眼杯を自発的に発生させたという。一連の研究成果は、2021年8月17日、学術雑誌「セル・ステム・セル」で発表されている。

人工的に培養された、ヒトの脳を模倣する三次元の凝集体

脳オルガノイドとは、成人から採取され、幹細胞へと変換した「人工多能性幹細胞」から人工的に培養された、ヒトの脳を模倣する三次元の凝集体だ。これまで、ヒトの脳の発達や疾患にまつわる様々な研究に用いられてきた。

研究チームは、ドナー4名の細胞から作製したヒト人工多能性幹細胞から314個の脳オルガノイドを生成させ、そのうち72%で眼杯が形成された。眼の発生を促すため、培地に酢酸レチノールを加えたところ、ヒト胚での眼の発生と同様に、30日後には眼の発生段階に現れる「眼胞」がみられ、60日以内に視覚器として成熟した。

1-s2.0-S1934590921002952-gr3_lrg.jpeg

これらの眼杯には様々な網膜細胞が含まれ、光に応答するニューラルネットワークを形成していた。水晶体(レンズ)や角膜組織もあり、脳領域との接続性も認められた。研究論文の責任著者でハインリッヒ・ハイネ大学のジェイ・ゴパラクリシュナン教授は「哺乳類の脳では、網膜神経節細胞の神経線維が脳領域に接続しようと伸びる」と解説する。

development.jpg

先天性網膜障害のモデル化などに役立つ可能性

2021年5月に発表された研究論文では、ヒト胚性幹細胞を用いて眼杯が生成されることが示された。別の研究では、眼杯のような組織をヒト人工多能性幹細胞から生成できることも示されている。しかし、これまでの研究では、眼杯やその他の網膜構造が脳オルガノイドと機能的に統合されていなかった。

ゴパラクリシュナン教授は、今回の研究結果について「脳オルガノイドには、光を感知し、体内と同様の細胞タイプを宿す感覚器官の原基を生成する力があることが示された」と評価し、「脳オルガノイドは、胚発生期における脳と眼の相互作用の解明や先天性網膜障害のモデル化などに役立つ可能性がある」と期待を寄せている。研究チームでは、今後、眼杯の視覚を長期間維持するための手法の開発に取り組む方針だ。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

米FAA、国内線の減便措置終了へ 人員巡る懸念緩和

ワールド

タイGDP、第3四半期は前年比+1.2% 4年ぶり

ワールド

チリ大統領選、来月14日に決選投票 極右候補が優勢

ビジネス

アクティビストのスターボード、米ファイザーの全保有
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生まれた「全く異なる」2つの投資機会とは?
  • 3
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃度を増やす「6つのルール」とは?
  • 4
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 5
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国…
  • 6
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 7
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 8
    レアアースを武器にした中国...実は米国への依存度が…
  • 9
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 9
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 10
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中