ホッキョクグマは道具を使って狩りをする イヌイットの伝承は真実だった
イヌイットの伝承どおりだった...... NiseriN-iStock
<北極ならではの道具を活用。18世紀から語られてきた伝承が、研究によって真実だと証明された>
どう猛な性格と同時に、純白の毛皮が愛らしささえ感じさせる不思議なホッキョクグマ。そんな北極圏の主に、賢いという新たなイメージが加わることになりそうだ。最新の論文により、道具を使って狩りをするという生態が明かされた。
今回その生態に迫ったのは、カナダ・アルバータ大学の生物学研究者であるイアン・スターリング博士だ。ホッキョクグマ研究の権威である博士は、今年80歳という年齢ながら精力的に研究をこなす。博士は現地に残る伝承や研究者たちの目撃談、そして飼育下にある近縁種のクマの行動を分析することで、ホッキョクグマが道具を駆使するという結論を導き出した。
ホッキョクグマは主食のアザラシに加え、魚類のほかセイウチなどを捕食する。アザラシを捕らえる場合は噛み付くことでダメージを与えられるのだが、ぶ厚く頑丈な頭蓋骨を持つセイウチはそう簡単には噛み砕くことができない。そのため次第に、北極圏にふんだんに存在する氷塊を道具として使う術を習得したのだという。
狩りの手順はこうだ。特定のセイウチに狙いを定めたホッキョクグマは、気づかれないように静かに尾行に入る。雪原の凹凸を巧みに利用して身を隠しながら距離を詰めていき、手の届く範囲にまでゆっくりと近寄る。そこで氷の塊でセイウチの頭を殴りつけ、頭蓋骨を割って仕留めるという寸法だ。氷のほか、ときに岩石を使うこともある。
研究成果は今年6月、論文に著され、学術誌『アークティック』に掲載されている。さらに論文の発表後に別の研究者が、実際にホッキョクグマがセイウチの集団にむけて氷塊を運ぶ映像の撮影に成功している。
イヌイットが語り継いだ伝承
ホッキョクグマが氷で狩りをするという事実は、イヌイットのあいだでは古くから伝承として語り継がれてきた。グリーンランドとカナダに住むイヌイットたちは18世紀後半の時点から現在に至るまで、同様のストーリーを現地を訪れたガイドや研究者たちにも語ってきている。その多くは、油断して休んでいるセイウチを狙い、ホッキョクグマが石を投げつけるという内容だ。
また、彼らの祖先が残した芸術作品にも、同様のストーリーを表現したものがある。カナダ中部、人口1000人に満たないチャーチルの町の美術館では、まさにホッキョクグマが眠っているセイウチの上に氷塊を振りかざしている彫刻が現在も展示されている。加えて、イヌイットから伝承を聞いた北極探検家のチャールズ・フランシス・ホールは、1865年に出版された書籍において、断崖のうえからセイウチに向かって岩を落とすホッキョクグマの挿絵を遺した。
ところが、このような伝承は寓話の類いとして扱われ、あまり学術的な研究対象とはなってこなかった。カナダ公共放送のCBCは、「しかし現在まで科学界は、こうした物語を無視するかうわさや神話だとして、ほとんど相手にすることはなかった」と指摘している。現地ではシャーマンがホッキョクグマに姿を変えられるなどの伝承も伝わっており、神話的な物語との区別が難しいという事情があった。