最新記事

ドキュメンタリー

誰にも聞こえない周波数で歌う世界一孤独な「52ヘルツのクジラ」の謎

The Loneliest Whale in the World

2021年8月3日(火)20時58分
アリストス・ジョージャウ
『最高に孤独なクジラ「52」を探して』

『最高に孤独なクジラ「52」を探して』の一場面 EVERETT COLLECTION/AFLO

<仲間には聞こえない声で呼び掛けを続ける「52ヘルツのクジラ」とその正体を探究する科学者たちの物語>

クジラの「歌」は震えが来るほど感動的で、かつ最高に神秘的なコミュニケーションの手段だ。でも、その歌が誰にも届かないとしたら?

ジュシュア・ゼマン監督の新作ドキュメンタリー『最高に孤独なクジラ「52」を探して(The Loneliest Whale: the Search for 52)』は、独特の周波数(たぶんほかのクジラには聞き取れない)で歌う一頭のクジラと、その謎を追った科学者たちの物語だ(英語版がウェブ公開中)。

始まりは1989年、冷戦期に米海軍が極秘で運用していた海中探査システムが太平洋で、正体不明の音源を検知した。周波数は52ヘルツ。敵の潜水艦か? いや、そうは思えなかった。

冷戦終結後の92年、この録音データの一部は機密解除となり、米ウッズ・ホール海洋研究所のウィリアム・ワトキンスの関心を呼んだ。分析の結果、この特異な音はクジラの声だと彼は断定した。

クジラの歌はコミュニケーションの手段と考えられているが、この52ヘルツの呼び掛けに応える声は過去に一度も記録されていなかった。ワトキンスは考えた。きっとこのクジラは仲間の誰とも交信できず、孤独に生きているに違いない。未知の種の最後の一頭か、突然変異で誕生したばかりの新種か、あるいはシロナガスクジラと何かの悲しい雑種なのだろうか。

ワトキンスは答えを知ることなく2004年に死去したが、その後も「52ヘルツのクジラ」の謎は世界中の人々を魅了し続けている。インターネット常時接続のサイバー空間に漂う奇妙な孤独感を、このクジラの運命に重ね合わせる人が少なからずいるからだ。

映画がたどる人間とクジラの歴史

映画は人間とクジラの関係の変遷もたどる。鯨油を求める西洋人が残忍な捕鯨を続けていた頃から、クジラの歌の素晴らしさに気付いて捕鯨反対・資源保護に転じた時代を経て、人類が地球環境に及ぼす深刻な影響に気付き始めた現代までを淡々と振り返る。

果たして「52ヘルツのクジラ」は見つかるのか。本誌アリストス・ジョージャウが監督のゼマンに話を聞いた。

――この映画を撮ろうと思ったのはなぜ?

犯罪実録ものばかり撮っていて、そろそろ違うジャンルもやりたかった。それに恋人と別れたばかりで、すごく寂しかった。そんなときに、このクジラの記事を読んだんだ。それで、いろんな人に聞いてみた。「知ってるかい、いくら呼び掛けても返事をもらえず、寂しく大海原を泳いでいるクジラの話を?」

そうしたら、反応がすごかった。鳥肌が立つと言った人もいる。私の手を握って離さない人もいた。それで、これは撮るしかないと思った。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、チェイニー元副大統領の追悼式に招待され

ビジネス

クックFRB理事、資産価格急落リスクを指摘 連鎖悪

ビジネス

米クリーブランド連銀総裁、インフレ高止まりに注視 

ワールド

ウクライナ、米国の和平案を受領 トランプ氏と近く協
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ成長株へ転生できたのか
  • 4
    ロシアはすでに戦争準備段階――ポーランド軍トップが…
  • 5
    アメリカの雇用低迷と景気の関係が変化した可能性
  • 6
    幻の古代都市「7つの峡谷の町」...草原の遺跡から見…
  • 7
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 8
    【クイズ】中国からの融資を「最も多く」受けている…
  • 9
    EUがロシアの凍結資産を使わない理由――ウクライナ勝…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中