最新記事

座談会

2012年震災後の危機感と2021年コロナ禍の危機感、この間に何が変わったか

2021年8月11日(水)17時10分
田所昌幸+武田 徹+苅部 直+小林 薫 構成:髙島亜紗子(東京大学大学院総合文化研究科グローバル・スタディーズ・イニシアティヴ特任研究員)

専門知と社会

■田所 一方で、ジャーナリズムであれ、アカデミズムであれ、何らかの形で財政的な支援がなければ何もできません。出版業界も大学などの教育・研究機関も、今やビジネスとして成立しているのか、このまま持続できるのかを考えなくてはいけない。

そういったときに、財団は1つのオルタナティブになるのではないかと思います。『アステイオン』が論考のクオリティーを維持できるのは、サントリー文化財団という組織があるからです。とりわけコロナとの関連で専門知の在り方が問われている中で、何かお考えはありますか。

■苅部 片山修さんの最新刊『山崎正和の遺言』(東洋経済新報社、2021年)では、サントリー文化財団の創設のさい、名前に「文化」を入れることに山崎さんがこだわったことが指摘されていますね。

専門家が読むことしか想定しない論文ではなく、社会の広い範囲にむけて学術の専門家が意見を述べ、世の議論を刺戟(しげき)していくこと。『アステイオン』が創刊以来担ってきた役割も、そういうものでしょう。

池内さんの「歴史としての中東問題」は、十年前は冷戦時代の思考枠組のなごりで、アラブの味方をしていれば知識人の顔ができたけれど、今やそうではなくなったとも説いていますね。

おもしろい指摘ですが、たとえば憲法論の世界では同じ変化は生じていない。憲法第九条を国民道徳のように崇拝し、そこに絶対平和主義を読みこんで護持しようとする姿勢が、冷戦期以来、常識として広く定着しています。そうした戦後の常識に対して挑戦し、社会と政治を新たな角度から見直すことを通じて、展望を切り開く。そういう試みを、『アステイオン』はこれまでやってきたのだと思います。

■田所 苅部さんが仰たように、今後我々は、常識化しているものをもう一度問わなくてはならないと思います。先ほど言及された憲法9条もそうですが、恐らく戦後の日本人が全く疑ってこなかった価値は平和と繁栄だと思います。

現在、両方とも満たされたわけですが、「これでいいのか」と言われるとそうとは言えない。平和と繁栄を超えるような価値や、それを犠牲にしても達成しないといけない何かがあるということをもう一度問わないといけないと考えました。

それではまずは小林さんから、今号で一番印象に残った論考はどれだったでしょうか。

■小林 私はやはり池内先生のご論考「歴史としての中東問題」が一番面白かったです。私が池内先生と共通しているのは、どちらも氷河期世代ということです。あまり自分たちだけが大変だったという言い方はしたくはないですが、やはり今の40代は労働市場に参入すること自体が本当に難しくて、人手不足と言われる今でも無視され続けていますよね。

■田所 なるほど、世代論ですね。では、武田さんのお勧めはなんでしょう。

■武田 先ほど、田所先生が疑われていない概念として「平和と繁栄」と仰いましたが、平和と繁栄が一番象徴化されているのが五輪ですよね。

今号では「品位ある社会の構築に向けて」で、中西寛さんが唯一、五輪に言及されていました。過去の成功例を引きずることによって、新しい生き方や考え方を導けないような、ある種の呪縛が五輪にはあると思います。

実は1964年の五輪にも色々問題がありました。開高健さんの『ずばり東京』(朝日新聞社、1964年)を読むとわかるように、東京を改造するために地方から出てきて行方不明になったり、亡くなったりした方々の犠牲の上に五輪の成功があります。

同じように、我々が感じている平和と繁栄というのを、もうすこし長い時間スケールの中で、今の日本の問題として考える論考として、よかったと思います。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、関税「プランB必要」 違憲判決に備え代

ワールド

オラクル製ソフトへのハッキング、ワシントン・ポスト

ビジネス

米国のインフレ高止まり、追加利下げに慎重=クリーブ

ワールド

カザフスタン、アブラハム合意に参加へ=米当局者
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    「これは困るよ...」結婚式当日にフォトグラファーの…
  • 5
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 6
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 7
    NY市長に「社会主義」候補当選、マムダニ・ショック…
  • 8
    「なんだコイツ!」網戸の工事中に「まさかの巨大生…
  • 9
    あなたは何歳?...医師が警告する「感情の老化」、簡…
  • 10
    約500年続く和菓子屋の虎屋がハーバード大でも注目..…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 7
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 8
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 9
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 10
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中