最新記事

座談会

2012年震災後の危機感と2021年コロナ禍の危機感、この間に何が変わったか

2021年8月11日(水)17時10分
田所昌幸+武田 徹+苅部 直+小林 薫 構成:髙島亜紗子(東京大学大学院総合文化研究科グローバル・スタディーズ・イニシアティヴ特任研究員)

■田所 専門知の問題は、とりわけコロナの文脈で重要ですね。専門家とそうでない人は区別できても、専門家の間でも意見が常に一致するとは限らない。しかも専門家として語ることのできる領域はとても狭い。

それを総合していく知恵が必要になり、これは今回、苅部さんが「文系と『価値』、文系の『価値』」で書かれているように、いわゆる文系と言われる教養の在り方になるのだと思います。

くしくも待鳥さんも苅部さんも、「役に立たない学問」の意義を改めて検討されていて、我々が専門家に依存するとき、それをまとめていくものに対する需要が認識されたという印象を持ちました。小林さんはどうですか。

■小林 今回、76号だけでなく、その周辺の号も読み返しました。先ほど田所先生が、東日本大震災は大きなショックだったと話されていましたが、76号、77号、78号の論調は、やはりどう発言したらいいのかという戸惑いを全体的に感じます。

一方で、まさに76号でジョナサン・ラウシュ先生が「二つのポピュリズムに揺れる米国」、マーク・リラ先生が2012年に「拡大するアメリカの格差」(77号)、2013年にアレクサンダー・スティル先生が「二極化するアメリカ」(78号)を書かれています。

実は編集していた当時、知識人が悲観的過ぎるのではないかと思っていました。しかし、その後4、5年たってトランプ政権が誕生したのを思うと、『アステイオン』で議論を先取りしていたのだと改めて思いました。

■田所 今号で池内恵さんが「歴史としての中東問題」(ウェブに転載した記事はこちら:複合的な周年期である2021年と、「中東中心史観」の現代史)で、今年2021年は「アラブの春」から10年で、同時多発テロ事件から20年で、湾岸戦争から30年と書かれていて、冷戦後の時代というのは中東の30年として捉えられるのではないかと指摘しています。

そして、この10年の間にトランプ政権誕生やブレグジットのように、まさかと思っていたことが起こり、歴史は次の局面に移っていると思います。

■武田 話が戻りますが、東日本大震災のときよりも今のほうが危機感は薄いと田所さんは仰っていましたが、私の実感は逆です。

当時、私は海外にいて、3月16日に帰国しました。3月下旬はかなり緊張感を持って家族と東京で過ごしていましたが、最悪のシナリオは起きないだろうと分かってくると、福島や海岸線の災害として地域的に段々限定されていき、ほとんどの人は危機感を失っていったと思います。

一方、今回のコロナは、全ての人が感染する、あるいは感染させるので、より偏在するリスクのような気がしていて、その点は感じ方が違います。

■田所 その点ですが、海外と国内で異なる見方だったことが大きいかもしれません。実は私も震災後すぐにトロントで開かれる学会に行ったのですが、「もう日本は終わりだ」「文明的災禍だ」という論調でした。グローバルに見ると、原子力や放射能という文明的な一大ブレークダウンであると理解されていた印象です。

■武田 そうですね。しかしやはり国内的には、割と早い時期にリスク感覚を失っていたと思います。リスクのある施設を地方に押しつけて、都市部は電力を消費するという位置関係がつくられていった、その歴史の中に原子力発電の問題があると考えています。

そこにある危機が、いかに時間と空間の大きな広がりの中に根を下ろしているかという、そういうことを『アステイオン』は論じるべきだと思います。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 3
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 6
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 7
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 8
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 9
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 10
    強烈な炎を吐くウクライナ「新型ドローン兵器」、ロ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中