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ドキュメント 癌からの生還

東大病院の癌治療から逃げ出した記者が元主治医に聞く、「なぜ医師は患者に説明しないのか」

2021年7月20日(火)07時00分
金田信一郎(ジャーナリスト)

──私は地元のクリニックから瀬戸先生を紹介していただいて、母も瀬戸先生に胃癌を担当していただいたんで、「本当に、ありがたい」と思って行ったんですけども。最初の段階で、胃・食道外科の紹介状をもらって来ました。そうすると、瀬戸先生は病院長だし、周りの患者さんも「東大病院だから、安心だ」ともう絶大な信頼を寄せている。最初に放射線科に行く患者さんは、普通、いないですよね。

そんなこともありません。最初から「実は放射線治療を考えています」という患者さんもいらっしゃいます。

──そうすると、自分で日頃から、医療にどういうものがあるのかを勉強していないといけないわけですね、患者は。

実際にはいろんな患者さんがいて、自分で勉強してくる患者さんもいれば、そうではない患者さんもいらっしゃいます。そういう環境にいない人もたくさんいます。

私たちは、いろんな患者さんに対応しなければなりません。最初から放射線を希望する人もいれば、家族に「手術を受けてほしい」と言われて迷う人もいます。

──医療のことを分かっている患者は、少なくないんですか。

最近はみなさん、ネットで調べていますよね。東大病院を紹介された段階で、高齢者の患者さんも東大病院のホームページなどを見ています。外来で調査したら、お年寄りの8割はスマホを使っているらしいのです。確かに入院している人を見ていても、みなさん、スマホを使っています。

──私の周りのお年寄りはやっていたようには見えませんでしたけど。

恐らく、時代が変わってきているのだと思います。

──そうすると、来院するまでにそれぞれ、患者は考えていると。

そう思います。

──なんでそういうことを聞くかというと、病院側がもう少し、患者さんに「こういう治療法がある」「あなたの病気の状態はこうで、選択肢はこういうものがある」という説明があってもいいと思ったんです。

それは、あった方がいいと私も思っています。しかし日本の医療制度には、それを支えるものがありません。患者さんが治療法を相談できるような窓口をつくったとしても、その人件費を負担するところが不明瞭のままです。こうした相談には、保険点数は付きませんから。

──通常の外来診療で行った時のような保険点数が、集まった先生につくなんてことはないわけですね。

現状ではありません。日本の保険制度がそうなってはいないのです。

──まだ、制度的にできてない。

できていないと思います。東大病院では、現在でも相談窓口を設けています。ただ、ここで対応しているのは事務の人たちが中心になりますから、治療についての説明はできません。

──結局、医師に相談が回ってしまいますね。これは医療制度を抜本的に見直さなければできないということですね。

保険点数には、診断や治療分は入っていますが、相談についての費用は考慮されていません。それでも医師は休日に、インフォームドコンセントなどで、1時間をかけて患者さんに説明したりしています。それは現状では無料でやっているわけです。

──じゃあ、医師はやりたくないですね。

問題は、実際の現場ではそれを実施しているけれど、インフォームドコンセントにかけている時間の対価が支払われる仕組みがないということです。

──病院経営的にはつらいですね。

それでも、私たちは今もそれをやっています。金田さんの主張も理解できますし、理想的には患者さん一人ひとりがしっかりと説明を受けて、自分で治療法を選べる方がいいと思います。そもそも患者さんは、自分が何科に行っていいのか分からない状況です。どんな治療がベストなのかが分かるような相談窓口があるといいとは、私も思いますよ。

しかし、それを支えるような制度が現在の日本にはないのです。それがあれば、しかるべきところ(医療機関)は相談窓口をつくるようになると思います。ただ制度がないと、そこに医師や看護師が時間を費やしても、何も対価が生まれないのです。

──病院長としてはきついですよね。あと、医療の次代を考えると、ゲノム解析とか分子標的薬などが出てきて、オーダーメイド医療の流れがあります。癌治療を変える可能性はありますか。

あると思います。これまでは、胃癌で適応される薬と、大腸癌で適応される薬が違ったりしていた。しかし同じ遺伝子異常が原因であるケースもあります。しかし、これから先は、「この遺伝子異常が原因となる癌なら、この薬にしましょう」といった治療ができる時代になるのかもしれません。実際に、もう認可されている薬も出始めています。

ただ問題は、すでに多くの方が診断を受けていますが、遺伝子変異が分かっても、それに合う薬が見つかる人は10%程度しかいないというところにあります。しかも、仮に合う薬が運良く見つかったとしても、胃癌にしか保険適用されてない薬だと、大腸癌の人は自由診療となります。ここにも制度の壁があるのです。

──治験が進んでないからですか。

治験には長い時間がかかります。これも制度上の課題でしょう。

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