最新記事

オーストラリア

豪に残るネズミ被害の爪痕 農家は涙で穀物を廃棄、壁の中からは死骸の悪臭

2021年7月6日(火)18時00分
青葉やまと

ネズミに侵入された干し草は焼却された  7NEWS Australia-YouTube

<オーストラリア東部を襲ったネズミの大発生は収束に向かっているが、事態の改善までに多くの犠牲を伴った。穀倉地帯に迫るネズミの波が、農業を営む人々のわずかな希望を打ち砕く>

オーストラリアでは毎年のように干ばつが続いており、昨年末には追い討ちをかけるように大規模な森林火災に見舞われた。その後久方ぶりの雨に恵まれ、農家は束の間の安堵を得る。農家のコリン・ティンク氏は英インディペンデント紙に対し、この雨でようやく幸運が訪れたと思った、と語っている。降雨のおかげで3月までのオーストラリアの夏の期間中、氏は2年間牛を養えるだけの干し草を収穫できたという。

しかし、そこへ訪れたのがネズミの害だ。その量は凄まじく、ティンク氏が一晩で捕まえたネズミの量は7000匹に上る。ネズミたちはサイロいっぱいに蓄えられた干し草の奥深くまで侵入し、あちこちを食い荒らした。その害は食い荒らされた量に留まらない。いったんネズミの侵入を許してしまうと、サイロ全体が糞尿に汚染されるのだ。ティンク氏はやっと手にした2年分の干し草の全量廃棄を余儀なくされた。63歳のティンク氏はすべて焼き払ったと述べ、「胸が少々痛むね」「振り出しに戻ったのだから」と心境を打ち明ける。

家をネズミに占拠され、町を後にする人々

被害は農家のみならず、町で暮らす人々の家屋と家財にも及んだ。シドニーから400キロほど内陸に進んだところに位置するギルガンドラの町では、住民のヤングハズバンド氏の家をネズミの大群が襲った。その数は、半日で450匹が罠に掛かるほどだったという。ソファーから洗濯機内部の配線まであらゆる家具と家電がかじられ破壊されたほか、壁の中では大量のネズミが死に、家全体に嗅いだことのない悪臭が染み付いてしまった。家は住める状態ではなくなり、氏の妻と娘は近郊の町へ疎開を迫られた。

ネズミは社会インフラをもむしばむ。6月下旬には豪ニュースサイトの『news.com.au』が、ニューサウスウェールズ州の刑務所が被害に見舞われ一時閉鎖する騒ぎがあった、と報じている。同州の更生施設であるウェリントン矯正センターがネズミの糞尿に汚染され、電気系統にも被害を受けたことから、420人の受刑者と200人のスタッフが他の施設に移送された。

人間に加え、犬や猫などのペットたちも思わぬ形で被害に遭っている。ネズミ撃退のためにやむなく殺鼠剤を設置する家庭が増えているが、これをペットたちが誤飲してしまうのだ。飼い主が保管場所に注意して扱っていても、設置時に手が滑り床に落としたところをペットの犬が即座に呑み込んでしまうなど、不慮の事故が絶えない。殺鼠剤の成分としては、血を固まりにくくする抗凝固剤のワルファリンが広く使われている。ビタミンKをすぐに与えれば助かる可能性が高いが、大発生を受けてビタミンK自体が品薄となっており、いざ誤飲した際にすぐには入手できない状況だ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

トランプ関税巡る市場の懸念後退 猶予期間設定で発動

ビジネス

米経済に「スタグフレーション」リスク=セントルイス

ビジネス

金、今年10度目の最高値更新 貿易戦争への懸念で安

ビジネス

アトランタ連銀総裁、年内0.5%利下げ予想 広範な
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 5
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 6
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 7
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 8
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 9
    トランプ政権の外圧で「欧州経済は回復」、日本経済…
  • 10
    ロシアは既に窮地にある...西側がなぜか「見て見ぬふ…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 5
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 6
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    週に75分の「早歩き」で寿命は2年延びる...スーパー…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 5
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 6
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 7
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中