最新記事

香港

ゴシップと政治報道の香港紙「アップル・デイリー」はこうして死んだ

THE DEATH OF FREE SPEECH

2021年7月6日(火)11時30分
イアン・ブルマ(作家・ジャーナリスト)
「蘋果日報」本社

廃刊前日、蘋果日報のスタッフはスマートフォンのライトを点灯して、本社前に集まった支持者に感謝の気持ちを伝えた Chan Long Hei FOR NEWSWEEK JAPAN

<アパレルブランドで成功した黎智英(ジミー・ライ)の転機は1989年の天安門事件。多くの実業家が共産党の支配に沈黙を守るなか、黎の蘋果日報(アップル・デイリー)は独特のスタイルで民主主義を擁護してきた>

中国共産党が、本土と同レベルの一党独裁を築こうとしている香港で、民主主義を擁護してきた蘋果日報(アップル・デイリー)が、廃刊に追い込まれた。最後の発行日となった6月24日は、多くの香港市民が行列を作って買い求め、発行部数は100万部に達したという。

いつかこの日が来ることは、1年前に香港国家安全維持法が施行されたときから予想されていた。同法は、中央政府が香港においても、反体制的と見なす言動を厳しく取り締まることを可能にした。

蘋果日報のオフィスは強制捜査を受け、経営幹部や著名記者は身柄を拘束され、会社の資産は凍結された。

その理由は「外国との共謀」だが、本当の理由は、中国共産党と香港特別行政区政府、そして腐敗した香港の財界人と政治家に対するあからさまな批判だ。

創刊者の黎智英(ジミー・ライ)は詐欺、外国との共謀、「違法な」民主化デモへの参加を理由に起訴され、既に1年近く投獄されている。刑期が積み上がれば、一生を獄中で過ごすこともあり得る。

一見したところ、黎も蘋果日報も、気高い民主化運動の闘士のイメージには当てはまらない。蘋果日報は、セレブのスキャンダルや、いかがわしいゴシップもたっぷりあるタブロイド紙だ。

ほとんどの民主主義国では、こうしたメディアは、言論の自由を守るためにその発行の権利も守られる、残念なおまけ的存在だ。

だが、蘋果日報には独自の信念があった。確かに、その論調は大衆迎合的で、必ずしも上品ではなかった。しかし、その政治報道はアジア全体でも指折りのレベルだったし、香港だけで見ると、金融業界や政界の不正を日常的に暴き、解説する数少ないメディアだった。

黎は、複雑だが魅力あふれる人物だ。ドナルド・トランプ前米大統領のファンであることを公言するが、敬虔なカトリックでもある。中国文明には専制的な側面があると考え、欧米キリスト教文明の優位を信じている。

こうした見解は、中国のキリスト教政治活動家の間では珍しくないが、欧米では、リベラル派よりも極右に支持されがちなものだ。

黎は見た目は武骨だが、特上の輝きを秘めている。12歳のとき本土から香港に逃れてきて以来、30年で縫製工場の児童労働者からアパレル業界の大物にのし上がった。彼が立ち上げたカジュアル服ブランド「ジョルダーノ」は、中国を含むアジア各地で販売されている。

左派と反共が手を取り合う

転機は1989年の天安門事件だった。

黎は、中国の民主化を求めて天安門広場を占拠した学生たちに、無料でTシャツを配った。そこに政府が軍を送り込み、若者たちを虐殺したとき、黎は共産主義体制の声高な批判者になった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ECB総裁、欧州経済統合「緊急性高まる」 早期行動

ビジネス

英小売売上高、10月は前月比-0.7% 予算案発表

ワールド

中国、日本人の短期ビザ免除を再開 林官房長官「交流

ビジネス

独GDP改定値、第3四半期は前期比+0.1% 速報
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 5
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 6
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 7
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 8
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 9
    プーチンはもう2週間行方不明!? クレムリン公式「動…
  • 10
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 10
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中