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東京五輪

今からでも「五輪延期」を日本が発信すべき外交的理由

2021年6月16日(水)06時45分
渡邊啓貴(帝京大学法学部教授、東京外国語大学名誉教授、日本国際フォーラム理事)

「文化外交」という言葉を初めて使ったのは吉田茂だといわれる。戦前吉田が駐イタリア大使の頃(1930~31年)、文化面での日本とイタリアとの関係強化を主張した発言があったという。やはり1938年外務省発行の小冊子『外交の新しき指標----文化協定の話----』の中にも「文化外交」という言葉が散見される。

またスポーツ外交という言葉を使った人は、杉村陽太郎である。NHK大河ドラマ『いだてん』でも出てきたが、「幻の東京五輪」と呼ばれる1940年の東京五輪開催を決めた1936年ベルリン五輪の際のIOCとの調整に一役買ったのが、この当時イタリア大使であった杉村だった。役職上IOCの日本委員でもあった杉村はムッソリーニとJOC(日本オリンピック委員会)代表嘉納治五郎の直接会談のお膳立てをした。

杉村自身スポーツマンで柔道五段、水泳にも長じ、駐フランス大使時代に当時大人気であったドーバー海峡を泳ぎ渡る企画に挑戦するといって物議をかもした剛毅なスポーツマン大使だった。日米開戦前に他界したが、もし存命していたらその後の日本外交も違っていたかもしれないと惜しまれる人材だ。

そして第二次大戦後、復興を成し遂げ、経済大国となった日本が米国との経済摩擦が熾烈化する中で日本の穏健なイメージを国際社会に伝えることを意図して設立されたのが、今日の国際交流基金である。

コンテクスト(物語化)とタイミング

戦前の文化外交と国際交流基金では国際文化交流の活性化という点では同じだが、その成立や目的は違う。戦前の文化外交は大日本帝国の国威発揚と植民地拡大のための外交手段としての政治的意味を持っていたが、国際交流基金は政治色を抜きにした文化交流を目的としたからである。その意図は今日大成功したといっていい。

しかし政治にはかかわらないという原則は、国際文化交流拡大の積極的な成功要因ではあったが、国際文化行事が多様化していく中でそれぞれの行事の位置づけや意味づけが曖昧なものとなっていく。人集めやお祭り騒ぎの一過性の行事に終わってしまうものも多いのではないか。

戦前と違い、デモクラシーの安定した国である今日の日本の東京五輪には、1940年の「幻の東京五輪」が掲げた「皇紀2600年」を祝う国威発揚のための大義も、1964年の東京五輪の敗戦から立ち直り戦後復興先進国の仲間入りの証しを世界に標榜する気負いもない。

それだけ日本が豊かになった証拠だが、コロナ禍の中「3.11からの復興五輪」のスローガンさえ霧散してしまった。目標の動揺は今回の五輪をめぐる議論の迷走状態の大きな背景にもなっていると筆者は思う。

国際交流を論じるに際しては、政治/外交・経済/ビジネス活動・文化的価値観の3つの目的/手段がどういう関係にあるのか、という三角形の構図の中でイベントの方向性がある程度決まると、筆者は考えている。この点についてはここで議論する余裕はないが、実際には日本外交は多くの場合、それぞれの関係が切り離されている。あえていえば大抵のイベントがすぐに経済/ビジネス活動と結びつけて考えられる。

今回の五輪をめぐる議論もその例だ。しかし日本はもはやそのレベルの国ではないはずだ。豊かな国の一員として世界をリードする見識を伝える側の国であってほしいと筆者は思う。価値観の交流・メッセージ交換のための文化的行事を政治/外交活動とどのように結びつけて発信するのか。その関連づけが依然として希薄なのではないかと思う。

そのうえで、本稿の主張との関連で筆者がより重要だと思うのは、発信にはタイミング・コンテキスト(文脈)が不可欠だという点だ。つまり主張のショーアップの仕方だ。簡単に言えば効果的発信の模索である。

日本人はそれが得意ではない。「黙して語らず」の同一性の高い社会だからである。日本文化は明確な発言を殊更に必要としないどころか、それを善しとしないところすらある文化だからだ。

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