最新記事

中国

習近平政権が人権活動家の出国を認めない本当の理由

2021年6月7日(月)18時00分
阿古智子(東京大学大学院教授)

なぜ中国政府は強硬姿勢を崩さないのか

それにしても、中国政府はなぜここまで強硬なのか。習近平個人の性質に原因を見ようとする人が少なくないが、私は、それはごく1つの要因にすぎないと考える。

中国は世界最大の独裁国家であり、AI大国でもある。軍事、治安強化、国威発揚などに関して情報の管理がいかに重要であるかを、長い間の経験を通じて理解している。リスクを見逃さずに削減し、ここというところに圧力をかける。現政権に取って替わる勢力が出てこないように、例えば小型のAIロボット兵器が中央の指導者を攻撃の標的にすることがないように、活動家や弁護士、「異見分子」(異なる意見を表明する知識人ら)を監視し、テロリストを排除するシステムを徐々に作り上げてきた。

国家安全のための「暴力装置」が一旦出来上がると、それに関わる各部門はより多くの人員と予算を獲得しようと動き、組織を膨張させ続ける。そのなかで、必要以上にリスクの存在を訴えたり、意図的な情報操作が行われたりすることもあるだろう。一方、問題が生じた時の責任を過度に意識し、自己検閲や忖度を繰り返し、拘束する必要のない人物を拘束することもあるはずだ。

元来、恐怖政治とはそのようなものだ。何が国家の安全を脅かすのか、誰も明確に説明できないだろう。皆が好き勝手に、自らに都合の良いように国家の安全を定義するならば、それは逆に国家の安全を脅かすことになる。恨みや敵意を増長させ、国際的には中国脅威論を煽ることにもなる。習近平が中国のイメージをよくするよう指示したのは、恐怖政治に関わるアクターたちが、収拾のつかない形で暴走することを危惧しているからではないか。

強大なパワーを持つ国家に対して、娘に会いたい一心の人権活動家は、経済的・社会的にあまりにも弱い立場にいる。そのようなちっぽけな存在に対して、国家の安全を脅かすとして出国を阻止しなければならないのか。これが大国の器の大きさなのか。恐怖政治を敷く独裁政権下においては、統治される側だけでなく、統治する側も極度の緊張状態に置かれている。国家安全の暴力装置にもめげずに抵抗する、知識や思考力、行動力のある人たちが恐ろしいのだろう。しかし、中国政府が重んじる儒教文化は、家族の関係を大切にするよう説いているではないか。子を思う親の心がわからないような国のイメージがよくなるはずがない。

akotomoko210607.jpg

<筆者略歴>
1971年大阪府生まれ。東京大学大学院総合文化研究科教授。大阪外国語大学、名古屋大学大学院を卒業後、香港大学教育学系で博士号取得。在中国日本大使館専門調査員、早稲田大学准教授などを経て2013年から現職。主な著書に『貧者を喰らう国――中国格差社会からの警告』(新潮選書)、『香港 あなたはどこへ向かうのか』(出版舎ジグ)など。


ニューズウィーク日本版 世界も「老害」戦争
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年11月25日号(11月18日発売)は「世界も『老害』戦争」特集。アメリカやヨーロッパでも若者が高齢者の「犠牲」に

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

BofA、生産性や収益向上へAIに巨額投資計画=最

ワールド

中国のレアアース等の輸出管理措置、現時点で特段の変

ワールド

欧州投資銀、豪政府と重要原材料分野で協力へ

ワールド

新たな米ロ首脳会談、「準備整えば早期開催」を期待=
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国か
  • 3
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地「芦屋・六麓荘」でいま何が起こっているか
  • 4
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    山本由伸が変えた「常識」──メジャーを揺るがせた235…
  • 7
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 8
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 9
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 10
    経営・管理ビザの値上げで、中国人の「日本夢」が消…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 9
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 10
    ヒトの脳に似た構造を持つ「全身が脳」の海洋生物...…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中