習近平政権が人権活動家の出国を認めない本当の理由
なぜ中国政府は強硬姿勢を崩さないのか
それにしても、中国政府はなぜここまで強硬なのか。習近平個人の性質に原因を見ようとする人が少なくないが、私は、それはごく1つの要因にすぎないと考える。
中国は世界最大の独裁国家であり、AI大国でもある。軍事、治安強化、国威発揚などに関して情報の管理がいかに重要であるかを、長い間の経験を通じて理解している。リスクを見逃さずに削減し、ここというところに圧力をかける。現政権に取って替わる勢力が出てこないように、例えば小型のAIロボット兵器が中央の指導者を攻撃の標的にすることがないように、活動家や弁護士、「異見分子」(異なる意見を表明する知識人ら)を監視し、テロリストを排除するシステムを徐々に作り上げてきた。
国家安全のための「暴力装置」が一旦出来上がると、それに関わる各部門はより多くの人員と予算を獲得しようと動き、組織を膨張させ続ける。そのなかで、必要以上にリスクの存在を訴えたり、意図的な情報操作が行われたりすることもあるだろう。一方、問題が生じた時の責任を過度に意識し、自己検閲や忖度を繰り返し、拘束する必要のない人物を拘束することもあるはずだ。
元来、恐怖政治とはそのようなものだ。何が国家の安全を脅かすのか、誰も明確に説明できないだろう。皆が好き勝手に、自らに都合の良いように国家の安全を定義するならば、それは逆に国家の安全を脅かすことになる。恨みや敵意を増長させ、国際的には中国脅威論を煽ることにもなる。習近平が中国のイメージをよくするよう指示したのは、恐怖政治に関わるアクターたちが、収拾のつかない形で暴走することを危惧しているからではないか。
強大なパワーを持つ国家に対して、娘に会いたい一心の人権活動家は、経済的・社会的にあまりにも弱い立場にいる。そのようなちっぽけな存在に対して、国家の安全を脅かすとして出国を阻止しなければならないのか。これが大国の器の大きさなのか。恐怖政治を敷く独裁政権下においては、統治される側だけでなく、統治する側も極度の緊張状態に置かれている。国家安全の暴力装置にもめげずに抵抗する、知識や思考力、行動力のある人たちが恐ろしいのだろう。しかし、中国政府が重んじる儒教文化は、家族の関係を大切にするよう説いているではないか。子を思う親の心がわからないような国のイメージがよくなるはずがない。
<筆者略歴>
1971年大阪府生まれ。東京大学大学院総合文化研究科教授。大阪外国語大学、名古屋大学大学院を卒業後、香港大学教育学系で博士号取得。在中国日本大使館専門調査員、早稲田大学准教授などを経て2013年から現職。主な著書に『貧者を喰らう国――中国格差社会からの警告』(新潮選書)、『香港 あなたはどこへ向かうのか』(出版舎ジグ)など。
2024年12月3日号(11月26日発売)は「老けない食べ方の科学」特集。脳と体の若さを保ち、健康寿命を延ばす最新の食事法。[PLUS]和田秀樹医師に聞く最強の食べ方
※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら