最新記事

欧州

難民が受け入れ国の「市民」になるには何が必要か...戦禍を逃れた人々の切なる願い

REFUGEES NO LONGER

2021年4月22日(木)11時44分
アンチャル・ボーラ
ドイツで働くシリアやエジプトからの難民

クリーニング会社ジテックスではシリアやエジプトの難民30人が働く BERND WUSTNECKーPICTURE ALLIANCE/GETTY IMAGES

<受け入れ国で就職し、納税し、政治にも参加内戦下の故国を離れて新生活を送るなか、シリア出身者が目指す「市民」への道>

危険な海路を移動し、狭苦しい難民キャンプで数カ月、または数年間も過ごし、密航業者に多額を支払った末、内戦のピーク時にシリアから西欧にたどり着いた難民は100万人を超える。

シリア内戦が始まってから10年。戦闘はおおむね沈静化したが、難民の多くは今も、安心して故国へ帰れるとは考えていない。彼らが逃れてきた独裁的体制は存続している。帰国したら反政府活動や反体制派支持、徴兵忌避を理由に迫害されたり、多額の金品を要求されるかもしれないと大半の難民が危惧する。

同時に、多くの人は受け入れ国に溶け込もうと懸命に努力してきた。地元の言語を習得し、仕事を見つけ、支援に頼ることなく自活している。故国に望んだ民主体制下での生活を別の国でようやく築き上げた彼らにとって、その全てを捨てて帰ることなど想像できない。

西欧各国はシリア難民に保護を提供してきた。段階的送還が噂されるものの、政府が極右勢力の圧力に屈して難民を送り返すことは法的に許されないと、活動家らは主張する。

バシャル・アサド大統領の下、バース党支配が続くシリアに彼らが帰国することはないとの認識が欧州各国では一般的になっているようだ。とはいえ西欧社会で暮らし続け、地元経済に貢献する彼らをめぐって、新たな議論が持ち上がっている。果たして彼らは、今も「難民」なのか。それとも、ほかの住民と同じ社会の一員と見なすべきか──。

活動家らの指摘によれば、難民という用語は侮蔑的な意味で使用されることがあり、排他的な響きを持つ恐れがあるが、送還措置から守るためには必要な法的カテゴリーだ。壁の存在は感じながらも、シリア人の多くは市民として受け入れ国の一員になりたいと望んでいる。

彼らの中には、既に居住国の政治に参画している人もいる。民主化や人権の尊重、まともな生活を求めて市民が立ち上がり、内戦に火が付いたシリアを追われた人々は、今や欧州の地で自らの政治的発言権を追い求めている。

210427p48_SNM_02.jpg

ドイツ鉄道で訓練を受けるシリア難民のターベット・カラス CHRISTOPHE GATEAUーPICTURE ALLIANCE/GETTY IMAGES


最終ステップは市民権取得

政策関連の助言を行うドイツ経済調査研究所の報告によれば、ドイツに居住する難民で、2016年時点で就職を希望していた人の半数は18年までに仕事を得た。その圧倒的多数がシリア人だ。難民家庭の子供の大半は学校制度に組み込まれ、高齢化が進むドイツの労働力になると期待されるという。

改善の余地はあるが、シリア人は全般的にドイツ経済にうまく統合されていると、ベルリン自由大学教育・家庭経済学教授で、ドイツ経済調査研究所教育・家庭部門を率いるカタリナ・シュピースは指摘する。

「ドイツのアンゲラ・メルケル首相が『私たちにはできる』と宣言して難民受け入れを発表したのは、わずか5年ほど前だ。誰にとっても統合に十分な時間があったとは言えない。到着当初はドイツ語を話すこともできなかったシリア難民の状況を考えると、統合は非常によく進んだのではないか」

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

FBI長官解任報道、トランプ氏が否定 「素晴らしい

ビジネス

企業向けサービス価格10月は+2.7%、日中関係悪

ビジネス

アックマン氏、新ファンドとヘッジファンド運営会社を

ワールド

欧州議会、17億ドルのEU防衛産業向け投資計画を承
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 2
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ成長株へ転生できたのか
  • 3
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後悔しない人生後半のマネープラン
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 6
    放置されていた、恐竜の「ゲロ」の化石...そこに眠っ…
  • 7
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 8
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 9
    使っていたら変更を! 「使用頻度の高いパスワード」…
  • 10
    トランプの脅威から祖国を守るため、「環境派」の顔…
  • 1
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 2
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 3
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 4
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 7
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 8
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 9
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 10
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦…
  • 8
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中