最新記事

アメリカ

医療保険は「アメリカンドリーム」の1つだった

2021年2月11日(木)11時40分
山岸敬和(南山大学国際教養学部教授)※アステイオン93より

rozbyshaka-iStock.


<好条件の医療保険は努力した者が獲得できるものであり、努力しない者が政府から保障されるのは我慢ならない......。今後、「アメリカニズム」を再定義できるのか? 論壇誌「アステイオン」93号は「新しい『アメリカの世紀』?」特集。同特集の論考「アメリカニズムと医療保険制度」を3回に分けて全文転載する(本記事は第3回)>

※第1回:「国民皆保険」導入を拒んだのは「アメリカニズム」だった
※第2回:「国民皆保険」に断固抵抗してきたアメリカ医師会のロジック より続く

クリントン案の挫折――アメリカの世紀の実現

1960年末からアメリカは困難な時期を迎える。ベトナム戦争での敗北、アメリカの経済力の相対的な低下によって自信を喪失した。そこに1980年の大統領選挙で登場したのがロナルド・レーガンであった。レーガンは、大統領就任演説で「連邦政府は問題の解決者ではない。問題そのものなのだ」と述べ、肥大化した連邦政府が、アメリカが直面する問題の元凶であるとした。

レーガンは「丘の上の町」という言葉を度々演説で引用した。これは後のマサチューセッツ植民地総督ジョン・ウィンスロップが1630年、新大陸への到着を前にして船中で行なった説教の中で出てくる言葉である。神の祝福に満たされた世界の模範となる町を作ろうと彼は呼びかけた。アメリカ例外主義の起源とも言われる説教である。

政策は支持され、レーガンは再選を果たした1984年の選挙で「アメリカの朝(Morning in America)」キャンペーンを行ない、アメリカの復活を強調した。さらにレーガンは軍事力を増強して、ソ連への圧力を強めた。追い詰められたソ連は1991年末に崩壊し、冷戦は終わりを遂げた。アメリカが世界唯一の超大国になり、まさにヘンリー・ルースが言った「アメリカの世紀」が達成されたかのように見えた。

しかし、アメリカは1970年代から続いていた世界の経済構造の変化を止めることはできていなかった。日本や西ドイツの経済力に押され、グローバル化が深化していく中でアメリカ企業の体力が落ちていった。その結果、それまで給与外手当として提供できていた医療保険プランを縮小または停止せざるを得ない企業が増え、無保険者が少しずつ増加していった。

1992年には医療保険制度改革を公約とするビル・クリントンが当選して、政権発足後すぐに皆保険を実現するための改革に取り組むが失敗する。立案過程における秘密主義や、タスクフォースを率いたヒラリー・クリントンの指導力などが原因として指摘されるが、1980年代から始まっていたアメリカの建国の理念、小さな連邦政府への回帰の流れには逆らえなかったことも重要である。

クリントンの改革の試みが挫折した直後の中間選挙で民主党が大敗を喫し、上下両院での多数を1954年選挙以降初めて共和党に明け渡すことになったことは、レーガン路線が強固なものであることを象徴した。選挙戦中に共和党は、ニュート・ギングリッチの指導の下、政策公約を「アメリカとの契約(Contract with America)」としてまとめ、候補者に署名を求めるという前代未聞の戦略で勝利を収めた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=3指数下落、AIバブル懸念でハイテク

ビジネス

FRB「雇用と物価の板挟み」、今週の利下げ支持=S

ビジネス

NY外為市場=ドル上昇、方向感欠く取引 来週の日銀

ワールド

EU、ロシア中銀資産の無期限凍結で合意 ウクライナ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 2
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 3
    受け入れ難い和平案、迫られる軍備拡張──ウクライナの選択肢は「一つ」
  • 4
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 5
    【揺らぐ中国、攻めの高市】柯隆氏「台湾騒動は高市…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    首や手足、胴を切断...ツタンカーメンのミイラ調査開…
  • 8
    「前を閉めてくれ...」F1観戦モデルの「超密着コーデ…
  • 9
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 10
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 5
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 6
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 7
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 8
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 9
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 10
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中