最新記事

アメリカ

「国民皆保険」導入を拒んだのは「アメリカニズム」だった

2021年2月9日(火)20時10分
山岸敬和(南山大学国際教養学部教授)※アステイオン93より

歴史を振り返ると、医療保険制度改革への運動が高まる時には、アメリカ例外主義を刺激する国際的な要因が存在していたことが分かる。1910年代の革新主義時代の改革運動には第一次世界大戦、1930、40年代のニューディール改革には第二次世界大戦、1950年代以降の改革には冷戦が医療保険政策をめぐる議論に影響を及ぼした。そして強大なソ連の存在がなくなった1990年代以降、まもなくテロとの戦いが始まる。このような外的要因の変化の中で、アメリカは自らの価値に改めて向き合う必要性に迫られた。そしてそれが医療保険制度改革に影響を及ぼしてきた。

個人が自由に生きる権利を最大限尊重する価値が、世界中の人々を魅了し、多くの移民をアメリカに向かわせた。しかし皮肉にも、これが公的医療保険の拡大を阻む動きを支えてきた。1970年代から経済成長に陰りが生じ始めると、民間中心の医療保険システムの矛盾が明らかになった。そして、新型コロナウイルス感染症は、アメリカ的医療保険制度の限界を改めて可視化することになった。本論では、まずはアメリカニズムの原点を見ることから始める。そして、医療保健政策史を振り返る中で、アメリカニズムがどのように政策をめぐる議論に影響を及ぼしたのかを論じる。最後に、この歴史的文脈において2020年の大統領選挙が持つ意味についても述べたい。

小さな連邦政府の設立――国家権力の否定

アメリカの伝統的価値、アメリカニズムの基礎は、建国期に形成された。13の植民地は、それぞれの経緯で設立された。例えば最初のジェイムズタウン植民地は金脈を探すことが主な目的であった一方で、プリマス植民地はピューリタンが自らの信仰の自由を求めて作ったものである。それゆえに植民地間の一体感はなかった。

イギリス本国は植民地に対して「有益なる怠慢」と呼ばれる放任政策をとっていた。しかしフレンチ・インディアン戦争を契機に、植民地に対する増税政策が始まった。イギリス本国に対する抗議行動として、ボストン・ティーパーティ事件などが起こった。その結果、植民地間の連携が強化され、独立の機運が少しずつ高まった。

パトリック・ヘンリーは「我に自由を与えよ、然らずんば死を」と、自由の追求のために独立する必要性を説いた。また、トマス・ペインは『コモン・センス』の中で、アメリカは独立を果たし、君主制や貴族制に基づいているヨーロッパとは全く異なる人民による政体を作るべきだとした。そして独立宣言では「全ての人間は平等に造られている」と唱えられた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米、対スイス関税15%に引き下げ 2000億ドルの

ワールド

ロシア黒海主要港にウクライナ攻撃、石油輸出停止 世

ビジネス

米ウォルマートCEOにファーナー氏、マクミロン氏は

ワールド

中国、日本への渡航自粛呼びかけ 高市首相の台湾巡る
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前に、男性が取った「まさかの行動」にSNS爆笑
  • 4
    『トイ・ストーリー4』は「無かったコト」に?...新…
  • 5
    文化の「魔改造」が得意な日本人は、外国人問題を乗…
  • 6
    「不衛生すぎる」...「ありえない服装」でスタバ休憩…
  • 7
    「水爆弾」の恐怖...規模は「三峡ダムの3倍」、中国…
  • 8
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 9
    中国が進める「巨大ダム計画」の矛盾...グリーンでも…
  • 10
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 7
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 8
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 9
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 10
    レイ・ダリオが語る「米国経済の危険な構造」:生産…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中