最新記事

ブレグジット

EU復帰はあり得ない──イギリスの将来を示すスイスの前例

We’re All Brexiteers Now

2021年1月23日(土)11時20分
ヨゼフ・ドベック(米外交政策研究所フェロー)

第3に、新型コロナウイルスの感染爆発がイギリス経済に大打撃をもたらした。OECDの推計によれば、イギリスの昨年のGDP縮小率は、主要国の中ではアルゼンチンを除けば最悪だ。

こうした現実を考えると、イギリス企業が政府にEU市場への復帰を強く求めるようになる日も遠くないだろう。1990年代のスイスもそうだった。

イギリスの外交官は今後しばらく、イギリスがEU市場の一部セクターに参加して現在の通商協定を補完できるよう、交渉を続けることになりそうだ。そして1990年代のスイスの外交官と同じように、市場へのアクセスと引き換えにEUの規則に従うことに同意せざるを得ないだろう。

少なくともスイスの場合、取引をしたかいはあった。EUとの新たな合意で、スイス企業はEU市場へのアクセスを獲得し、2002年にはEUとの間で労働者の自由な移動が認められた。スイス経済はようやく回復を遂げ、2003年以降のGDP成長率は欧米諸国で3番目の高さだ。

では全て解決かと言われれば、そうではない。「スイス版ブレグジット」から28年がたった今も、EUをめぐる問題はスイス政治で最も大きな対立を招く。理由は2つある。

第1に、スイスとEUの関係がいずれ安定するという考えは幻想でしかなかったこと。世界は変化を続け、新しい経済セクターが生まれ、利害も変化する。2002年の合意の意味を維持するためには、継続的な内容の見直しが必要なのだ。

スイスは1992年以降、EUとの交渉を絶え間なく続けねばならなかった。今後のイギリスとEUの関係も同様だろう。

第2に、入念に練られた通商協定があるからといって、社会の対立がなくなるわけではないこと。論争に勝った側は、その論点を利用し続けようとする。スイスの主要紙や政治家は今も、EU反対論を再燃させるため世論をあおる新しい材料を探し出している。

EUを悪者に仕立てる

つまり今後数十年にわたり、イギリス政治でもEUとの関係が中心議題となり、他の重要課題に光が当たらないことが予想される。長い目で見れば、そこで失われるものこそ、ブレグジットがもたらす最大の損失になるかもしれない。

それに加えてイギリス人は、EU残留派も含め、EUをパートナーではなく対立相手と見なすようになるだろう。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロシア失業率、5月は過去最低の2.2% 予想下回る

ビジネス

日鉄、劣後ローンで8000億円調達 買収のつなぎ融

ビジネス

米の平均実効関税率21%、4月初旬の半分以下 海運

ワールド

マクロスコープ:防衛予算2%目標、今年度「達成」か
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    ワニに襲われた直後の「現場映像」に緊張走る...捜索隊が発見した「衝撃の痕跡」
  • 3
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 4
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 5
    米軍が「米本土への前例なき脅威」と呼ぶ中国「ロケ…
  • 6
    熱中症対策の決定打が、どうして日本では普及しない…
  • 7
    吉野家がぶちあげた「ラーメンで世界一」は茨の道だ…
  • 8
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 9
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 10
    「22歳のド素人」がテロ対策トップに...アメリカが「…
  • 1
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 2
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 3
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 4
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 5
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 6
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 7
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 8
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 9
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 10
    韓国が「養子輸出大国だった」という不都合すぎる事…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中