最新記事

北朝鮮

『愛の不時着』見たら公開裁判、処刑も......北朝鮮「韓流新法」の中身

2020年12月24日(木)13時00分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

韓国から流れてくるラジオ放送の聴取などの取り締まりが強化される KCNA-REUTERS

<韓流コンテンツをターゲットにした刑法改正で、北朝鮮当局は「恐怖政治」を強化する>

Netflixは14日、「2020年 日本で最も話題になった作品 TOP10」を発表した。それによると、第1位は韓国ドラマの『愛の不時着』である。また、TOP10のうち計5作品を韓国ドラマが占めており、日本における韓国ドラマの視聴数は昨年と比べて6倍以上にもなったとしている。まさに今が「第4次韓流ブーム」と言われる所以だが、これとまるで逆方向へと爆走しているのが金正恩党委員長の北朝鮮だ。

今月4日の最高人民会議常任委員会第14期第12回総会で採択された「反動的思想・文化排撃法」。来年1月下旬に開催予定の最高人民会議常任委員会では、この法律に合わせて刑法の改正が行われるもようだ。

今まで法律の内容については明らかになっていなかったが、韓国デイリーNKの取材の結果、その輪郭が徐々に見えてきた。ひとことで言って、これは「韓流取締法」だ。

この法律がメインターゲットとしているのは、以下の3つだ。

◯外国のラジオ放送の聴取、録音、流布

◯外国の不純動画、映像、書籍、その他出版物の流入と流布

◯国の承認を受けていない音楽のコピーと流布

冒頭にラジオを持ってきたことは、海外から送信され、不特定多数が聴取できるラジオ放送について、当局が相当の危機感を持っていることがうかがえる。

現在、米国と韓国の政府系団体、民間団体、宗教団体などが運営する10局以上が北朝鮮向けの放送を行っている。また北朝鮮向けではないものの、公共放送のKBS、半官半民のMBC、民放のSBSなど、ソウル首都圏だけで9つもの放送が、電波が遠くにまで届くAM放送を行っている。それに加え、中国の吉林省延辺朝鮮族自治州からも朝鮮語のAM放送が行われるなど、北朝鮮は「電波銀座」の様相を呈している。

ラジオのチューニングをするだけで、世界の様々な情報がリアルタイムに得られる状況を放置すれば、体制の崩壊に繋がりかねないということだ。

<参考記事:バレたら一巻の終わり...北朝鮮の女性兵士が葬られた「禁断のラジオ」

次に、動画や音楽についての定めは、韓流ドラマ・映画、バラエティ、K-POPをターゲットにしたものだろう。

複数人がこれらを利用できるように流布させた首謀者は公開裁判を受けさせ、視聴した者も含む同調者も法的に処罰するとの内容が盛り込まれている。韓流が大量に流通している現状を考えると、当局はこの法律に従って公開裁判を頻繁に行い、必要なら公開処刑も行って「恐怖政治」を強化することとなるだろう。

<参考記事:北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは...

テレビ、ラジオの受信機、DVDプレーヤー、パソコン、携帯電話など、文化コンテンツなどの利用に欠かせない機器の登録も今回の法律に明示された。国家保衛省(秘密警察)傘下の中央27局の検査を受け、技術検査票が貼られたものに限って合法的に使用できることになっているが、今回の法律は、未承認の機器は補償なしで没収すると規定している。

国の承認を受けていない画像、電子書籍、音楽を携帯電話に保存する行為、写真館で使われているパソコン、コピー機、印刷機を使い、違法な文書、書籍を印刷する行為も、法的処罰の対象となる。これは思想、情報統制に加え、聖書など宗教書籍の統制の意図もあるものと思われる。

今回の法律には、国境地域で国が許可していない生活用品、雑貨、電化製品の密輸、発売、流通も法的処罰対象であると明示されているが、これは韓国製品に狙いを定めたものだ。高級品で通っている韓国製品を使用することで、国民が韓国に対する「幻想」を抱くようになるとの判断に基づいたものだろう。

法律は『不滅の歴史』『不滅の嚮導』『不滅の道のり』など、金氏一家を偶像化する目的で制作されたシリーズ小説のコピー、保存、配布も禁じている。これらの作品には、対外向けプロパガンダに使用されるものもあれば、国内だけの閲覧が認められているものもあるが、後者が外国に流出する事態が頻発していることが背景にある。

すでに法律に関連した取り締まりが始まっている。北朝鮮では、法の導入当初は法を広く知らしめ、恐怖心を植え付けるため、公開裁判、処刑などみせしめとなる行為を繰り返すが、その後は取締担当者がワイロを受け取り、違反をもみ消すという流れが繰り返されてきた。さて、今回はどうなるか、動向が注目される。

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。

dailynklogo150.jpg



今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロシア、中距離弾道ミサイル発射と米当局者 ウクライ

ワールド

南ア中銀、0.25%利下げ決定 世界経済厳しく見通

ワールド

米、ICCのイスラエル首相らへの逮捕状を「根本的に

ビジネス

ユーロ圏消費者信頼感指数、11月はマイナス13.7
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中