最新記事

スピーチ

独メルケル首相演説が2020年スピーチ・オブ・ザ・イヤーに

2020年12月21日(月)15時15分
モーゲンスタン陽子

「......こうした制約は、渡航や移動の自由が苦難の末に勝ち取られた権利であるという経験をしてきた私のような人間にとり、絶対的な必要性がなければ正当化し得ないものなのです。」REUTERS/Fabrizio Bensch

<今月9日、ドイツ、メルケル首相の連邦議会でのスピーチが世界でも大きく報道されたが、新型コロナウイルスを真剣に受け止めるよう国民に訴えかけた今年3月のスピーチが2020年の「今年のスピーチ」に選ばれた......>

パンデミック初期の3月18日にメルケル首相が国民に向けて行ったテレビ演説日本語訳)は世界的に高く評価されたが、同演説がこのほどドイツ、テュービンゲン大学の修辞学者たちによって2020年の「今年のスピーチ」に選ばれた。

メルケル首相といえば今月9日、連邦議会でのスピーチが日本をはじめ世界でも大きく報道されたばかりだ。普段は冷静な同首相がめずらしく声を荒げ、感情をあらわにして、自分の言葉で懇願するようにコロナ禍の窮状を訴えた。

旧東独出身ならではの言葉

12月に入ってから、ドイツでは連日3万前後の新規感染者と700人を超える死者が出ており、その規模は今春の第1波のときと比べ物にならない。ただ、長引くパンデミックや各種規制に慣れてきたのか、一般社会の反応はむしろ春より落ち着いている感じがする。

未知のウィルスに世界中がパニックに陥った3月、メルケル首相はめずらしくテレビ演説という形で、新型コロナウィルスの脅威を国民に向けてかみしめるように説いた。とくに、国家によって自由を制限されるということがどれほど不愉快なことであるか、旧東ドイツ出身である首相自身が身にしみて理解しているというくだりは各国のメディアでも賞賛された。

このときのレトリック(修辞学・弁論技術)がこのたび、テュービンゲン大学の修辞学者たちによって2020年の「スピーチ・デス・ヤーレス」 つまり「スピーチ・オブ・ザ・イヤー」「今年のスピーチ」に選ばれた。

驚くべき共感能力

同大レトリック講座は1998年から政治的、社会的、文化的議論に決定的な影響を与えたスピーチを「今年のスピーチ」として選出している。賛否は問わず、その影響力が基準となる。さらに今年は、パフォーマンスとスタイルの質も分析し、話者の全体的な修辞計算、古典的な修辞の基準も評価したという。

新型コロナによりドイツは第二次世界対戦以降最大の危機に直面しているとし、これを真剣に受け止めるよう国民に訴えかけたメルケル首相の「歴史的なテレビ演説」を審査員は、複雑な科学的知見の明確な提示と、共感および政治的慎重さとを組み合わせた、責任と一体感への印象的なアピールであると述べている。

レトリックの観点からは、適切に構成され明確に書かれたスピーチ、そして主題の繰り返しと変調を通じて、緊急性を訴えることに成功したという(テレビ演説ではしかし、首相は原稿にはほとんど目を落とさず、まっすぐに国民に向かって語りかけていた)。

また、驚くべき共感能力で、理解と責任ある行動を呼びかけることに成功したこと、とくに「私のように、移動や行動の自由が苦労して勝ち取った権利であった者にとって、(国家による)そのような制限は絶対に必要な場合にのみ正当化することができる」と、旧東ドイツ出身という自らの体験から語りかけたことが高く評価されたようだ。優れたレトリックスキルを備えたメルケル首相は、コミュニティとしての連帯感をアピールすることにも成功している。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

利下げでFRB信認揺らぐ恐れ、インフレリスク残存=

ビジネス

ECB、金利変更の選択肢残すべき リスクに対応=仏

ビジネス

ECBは年内利下げせず、バークレイズとBofAが予

ビジネス

ユーロ圏10月消費者物価、前年比+2.1%にやや減
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 5
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 6
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 7
    海に響き渡る轟音...「5000頭のアレ」が一斉に大移動…
  • 8
    必要な証拠の95%を確保していたのに...中国のスパイ…
  • 9
    【クイズ】12名が死亡...世界で「最も死者数が多い」…
  • 10
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 6
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した…
  • 7
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 8
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...…
  • 9
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 10
    熊本、東京、千葉...で相次ぐ懸念 「土地の買収=水…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ…
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 8
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 9
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中