最新記事

中国

決壊のほかにある、中国・三峡ダムの知られざる危険性

THE TRUTH OF THE THREE GORGES DAM

2020年10月24日(土)11時50分
譚璐美(たん・ろみ、ノンフィクション作家)

今年は確かに記録的豪雨だったが、洪水被害を拡大させた原因は何だったのか(7月19日、湖北省) AP/AFLO

<「決壊説」が繰り返されてきたが、専門家によれば、中国の河川管理・洪水管理の技術は決して劣ってはいない。だが、問題は他にある。汚職と環境破壊、三峡ダムの相反する「致命的な欠陥」も明らかになった>

(本記事は2020年10月13日号「中国ダムは時限爆弾なのか」特集収録の記事の後編です)

※前編:「世界が騒いだ中国・三峡ダムが『決壊し得ない』理由」から続く

黄河と異なる「河床低下」問題

なるほど。三峡ダムは当面は決壊しそうにない。だが問題がないわけではない。
20201013issue_cover200.jpg
例えば、三峡ダムの周辺では地質のもろさが問題になっている。2005年の土木学会「第34回岩盤力学に関するシンポジウム講演論文集」には、三峡ダム周辺の地区は「砂岩、泥岩、砂泥互層、頁岩(石灰を含む)、ジュラ紀と三畳紀上統の地層が分布し......長江周辺の90%以上の地滑りは、ジュラ紀と三畳紀の地層に発生している」とする論文がある。

そして貯水池周辺で計283カ所の地滑りと斜面崩壊が起きていることが報告されている。岩盤は安全でも、周辺の地質が緩ければ、貯水池に土砂が流入するなど影響が及びそうだ。

また、角教授の話では、黄河の三門峡ダムなどでの経験を生かし、長江でも土砂管理に取り組んでいるものの、黄河とは違った堆砂(堆積する土砂)の問題があるという。

「長江は土砂の粒径が粗く、ダム湖にとどまりやすいために、ダムからの放流水は土砂が少ない清水となります。黄河では調水調砂でダム下流の『河床上昇』がうまくコントロールされたが、長江ではむしろ土砂が不足するために『河床低下』、さらに河口部まで土砂が供給されずに『海岸浸食』が起きている。河床が低下することで、長江に接続する湖との水の交換が変化したり、上海の海岸線が年々減退したりしているのです」と、角先生は眉をひそめた。

これは重大な指摘だ。土砂の供給量が減少すると、河口デルタが縮小するだけでなく、川が運ぶ栄養豊富な土壌がもたらす河口や沿岸域の干潟が劣化し、さらには河床低下が海からの塩水遡上(そじょう)をもたらし、塩分濃度が高まって魚類が死滅したり、農作物が塩害を受けたりするなど、甚大な悪影響を及ぼすことになる。

これはメコン川などでも大きな課題となってきており、広域的な課題解決のための連携が必要だ。

一方、上智大学大学院地球環境学研究科の黄光偉教授は、三峡ダムの問題点について「重慶市にもっと着目すべき」と指摘する。

「重慶は人口3000万人の工業都市です。世界でどこのダムの上流にこんな重要都市がありますか? 中国だけです。その重慶で堆砂による河床上昇が起こり、洪水が頻発しているのです」

magSR20201024threegorgesdam-2-chart1.png

浮遊砂と掃流砂という、大粒で重い堆砂が貯水池に大量にたまるのは大きな問題だ。しかも、三峡ダムの上流には狭い峡谷が連なり、地質がもろく、崖崩れや地滑りが頻発して岩石や土砂が長江に流れ込む。

その結果、全長660キロにも及ぶ、ダム湖からバックウォーター(背水池)に掃流砂が大量にたまる。

重慶はそのバックウォーターの先端にある。堆砂がたまって河床が上がった重慶では、水位が上がり、水害が頻繁に起きているのだ。これは見過ごせない一大事である。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

パキスタンとアフガン、即時停戦に合意

ワールド

台湾国民党、新主席に鄭麗文氏 防衛費増額に反対

ビジネス

テスラ・ネットフリックス決算やCPIに注目=今週の

ワールド

米財務長官、中国副首相とマレーシアで会談へ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本人と参政党
特集:日本人と参政党
2025年10月21日号(10/15発売)

怒れる日本が生んだ「日本人ファースト」と参政党現象。その源泉にルポと神谷代表インタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 2
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 3
    ニッポン停滞の証か...トヨタの賭ける「未来」が関心呼ばない訳
  • 4
    ギザギザした「不思議な形の耳」をした男性...「みん…
  • 5
    「認知のゆがみ」とは何なのか...あなたはどのタイプ…
  • 6
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 7
    大学生が「第3の労働力」に...物価高でバイト率、過…
  • 8
    【クイズ】世界で2番目に「リンゴの生産量」が多い国…
  • 9
    【インタビュー】参政党・神谷代表が「必ず起こる」…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 1
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 2
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 3
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 4
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ…
  • 5
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 6
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 7
    メーガン妃の動画が「無神経」すぎる...ダイアナ妃を…
  • 8
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 9
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 10
    日本で外国人から生まれた子どもが過去最多に──人口…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に...「少々、お控えくださって?」
  • 4
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 5
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 6
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中