最新記事

新冷戦

中国漁船団は世界支配の先兵

US-China fight over fishing is really about world domination

2020年9月28日(月)17時50分
ブレイク・アール(テキサスA&M大学歴史学准教授)

フィリピンと中国が領有権を争っている南シナ海のスカボロ―礁で漁を行う中国漁船 Erik De Castro-REUTERS

<世界最大の漁船団を誇り遠くアフリカや南米に操業範囲を広げている中国は、アメリカの先例に倣って世界に覇を唱えることになる>

中国の攻撃的で時には違法な漁業のやり方が、アメリカとの新たな摩擦の原因になっている。

中国の漁船団は世界で最大だ。中国政府によれば、世界の海で魚を獲る中国漁船は約2600隻ということだが、一部の海洋専門家によれば、遠洋漁業に出る中国漁船数は、ほぼ1万7000隻にものぼる可能性がある。対してアメリカの遠洋漁船は300隻に満たない。

1982年に成立した海洋法に関する国際連合条約によると、国は、沿岸から200カイリの「排他的経済水域」のなかでは海洋資源を排他的に管理することができるが、それより先は公海となる。アメリカはこの条約を批准していないが、沿岸から200カイリをアメリカのオフショア排他的経済水域と宣言している。

巨額の補助金で支援された中国の漁船は、時には武装した海警船(沿岸警備隊)の護衛付きで、朝鮮半島の近くと南シナ海で違法に操業を行っている。これらの海域における乱獲で、中国は世界のイカ市場を支配するようになった。中国の漁獲量の半分近くは、他のアジア諸国と欧米に輸出されている。

中国の漁船は遠くアフリカや南米にまで操業範囲を広げている。漁師は正体を隠すために、国籍を示す旗を掲げない。エクアドルは2017年、環境を保護しているガラパゴス海洋保護区で中国人漁師20人を逮捕した。そして中国の珍味であるフカヒレスープの主成分である何千匹ものサメを捕獲した罪で、懲役4年の判決を下した。

漁業を利用した外交

マイク・ポンペオ米国務長官は今年8月、中国が「沿岸の国々の主権と管轄権」を侵害する「略奪的漁業慣行」を続けていると批判した。

中国外務省は、ポンペオは「他の国々にトラブルを引き起こそうとしている」だけだと反論した。

ポンペオが批判したのは、漁業の問題にとどまらない。筆者は漁業とアメリカ外交が専門の歴史家としてかねがね指摘しているが、漁業はしばしば国が外交課題を遂げるための口実になる。アメリカは建国からから20世紀にいたるまで、世界に広がる帝国を作るために直接間接に漁業を使ってきた。今は中国もその手を使っている。

国際法が海洋権の定義を開始したのは1800年代で、それ以前の漁業に対する制限は、完全に各国の強制力、即ち軍事力にかかっていた。

そのため、アメリカ独立戦争を終結させるためにイギリスとの間で1783年に結ばれたパリ条約の交渉中、後にアメリカ大統領に就任するジョン・アダムズは、イギリスは北大西洋で漁業を行うアメリカ人の権利を認めるべきだと主張した。北大西洋はタラとサバの豊かな漁場だったが、ねらいはそれだけではない。アダムスが1783年に獲得した漁業権は、まだ若い国家だったアメリカが世界の海に覇を唱える源泉になった。

米漁業は外交と一体だった

私の研究では、アメリカの漁業権はアメリカの独立国としての地位とともに認められたため、アメリカの外交官は長年、この2つを関連付けた。ジョージ・ワシントンおよびジョン・アダムズ大統領のもとで国務長官を務めたティモシー・ピカリングは1797年に、アメリカの漁業を「独立の最も公正な果実」と呼んだ。

それでも独立後何十年もの間、アメリカとイギリスは国際漁業をめぐって争い、新条約の締結や条約の再交渉が繰り返された。アメリカ側はあらゆる交渉において常に北大西洋での漁業権を主張し、これを守るためには戦争も辞さないと脅した。

1860年代までに、アメリカの外交政策は拡張主義路線に転じ、国際漁業はその重要な要素となった。1850年〜1898年の間に、アメリカはアラスカ、プエルトリコ、ハワイ、グアム、フィリピンなど、数多くの海外領土を併合した。今日、アメリカの漁船と軍の力が広く世界に及んでいるのは、このときに築いた「帝国」のおかげだ。

第17代大統領アンドリュー・ジョンソンのもとで国務長官を務めたウィリアム・ヘンリー・スワードは、1867年にアラスカとその周辺の豊かな北太平洋海域を購入した。さらにグリーンランドとアイスランドの購入を試みたが失敗した。

当時の記録で、スワードと同じ志を持つ後継者ハミルトン・フィッシュは、アフリカ北西部に近いカナリア諸島を海軍の拠点と漁船の基地として購入しようとしていたこともわかっている。

遠洋に影響を拡大

20世紀初頭、漁業はアメリカの国際的な権力争いにおいて軍事力の陰に隠れた存在となった。

だが第2次大戦後、アメリカ政府は再び外交政策の課題推進に役立てるために海洋資源に目を向けた。今回、米政府はアメリカにより都合のいい世界秩序を築くために、「魚外交」とでもいうべき手法を使った、と私は考えている。

1940年代にアメリカの外交官は、漁場の健全な状態を長期的に損なうことなく、漁獲量を最大化する水準を示す「最大維持可能漁獲量に基づく漁業」という概念を持ち出して、海洋におけるアメリカの影響力を拡大した。

歴史家のカーメル・フィンリーが徹底的に調べ上げたことだが、このアイデアは科学的発見というよりも政治的なツールだった。だが米政府はこの見せかけの持続可能性の議論を使って、アメリカの漁師に世界の海を自由に支配する権利を与える一方、アメリカの海域に対する外国の侵略を制限する法律や合意を作り上げた。

トルーマン政権は1945年に最大維持可能漁獲量に基づく漁業を掲げ、特定の漁業を保護するための保全区域を宣言した。この論理で、アラスカのブリストル湾で操業していた日本のサケ漁師は完全に追い出された。そのわずか数年後、米国務省はまた最大維持可能漁獲量を持ち出して、ラテンアメリカの海域におけるアメリカの漁師のマグロ漁に対する制限に反対した。

冷戦中に発展した「魚外交」

冷戦が進行した1950年代、魚外交は、ソ連に対抗するために同盟国との関係を強化するアメリカの役に立った。

アメリカ政府は、さまざまな国に漁船団を拡大するための補助金をふんだんに与えた。最も目立って恩恵を受けたのは日本で、船舶建造への補助金も戦争で荒廃した経済の復興に役立った。

アメリカはまた、アイスランドのような戦略的な場所に位置する漁業国に対する関税を引き下げ、アメリカが主な輸入品であるタラを安く買えるようにした。

もちろん、アメリカは相互防衛同盟や友好国への武器販売、直接の軍事介入で共産主義と戦った。しかし、魚をめぐる外交は冷戦の計画の一部だった。

こうした歴史を振り返れば、アメリカが現在、中国の巨大な漁船と遠洋トロール船を脅威と見なしている理由は一目瞭然だ。漁船を遠くの海に送りだした中国政府は、次はアメリカの先例に倣って軍事覇権を唱え出すにだろうからだ。

The Conversation

Blake Earle, Assistant Professor of History, Texas A&M University

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

20201006issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

10月6日号(9月29日発売)は「感染症vs国家」特集。新型コロナに最も正しく対応した国は? 各国の成功例と失敗例に学ぶ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

トランプ関税巡る市場の懸念後退 猶予期間設定で発動

ビジネス

米経済に「スタグフレーション」リスク=セントルイス

ビジネス

金、今年10度目の最高値更新 貿易戦争への懸念で安

ビジネス

アトランタ連銀総裁、年内0.5%利下げ予想 広範な
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 5
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 6
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 7
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 8
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 9
    トランプ政権の外圧で「欧州経済は回復」、日本経済…
  • 10
    ロシアは既に窮地にある...西側がなぜか「見て見ぬふ…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 5
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 6
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    週に75分の「早歩き」で寿命は2年延びる...スーパー…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 5
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 6
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 7
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中