最新記事

シリア

UAEとイスラエルの国交正常化合意によってシリアは何を得られるか?

2020年8月16日(日)11時30分
青山弘之(東京外国語大学教授)

UAEとイスラエルの国交正常化合意に、パレスチナでは反発が広がる REUTERS/Raneen Sawafta

<UAEとイスラエルが国交正常化合意に、エジプト、イラン、トルコ、そしてパレスチナ自治政府が強く反発するなか、シリアは(今のところ)、明確な姿勢を示していない。その理由は......>

UAEとイスラエルが国交正常化合意、反発するヒズブッラー

ドナルド・トランプ米大統領は8月13日、アラブ首長国連邦(UAE)とイスラエルが国交正常化に向かうことで合意したと発表した。

エジプト、イラン、トルコ、そしてパレスチナ自治政府が強く反発するなか、イスラエルと今も戦争状態にある紛争当事国の一つレバノンでは、ヒズブッラーのハサン・ナスルッラー書記長が、レバノン紛争(2006年)の戦勝14周年の記念演説で次のように厳しく非難した。


「UAEが行ったことは、イスラーム、ウルーバ(アラブ性)、ウンマ(民族)、聖なるものへの裏切りだ。 UAEとイスラエルの関係正常化は以前から進んでいた。だが、今回のタイミングはトランプが外交政策の成果を必要としていたことと繋がっている。UAEの為政者が合意することは予想できた。ほかのアラブ諸国もこれから米大統領選挙までの間にイスラエルと和平合意を締結すると予想している。」

aoyama0815a.jpg
Al-Manar, 2020年8月14日

沈黙するシリア

だが、1967年の第三次中東戦争でゴラン高原を奪われたもう一つの紛争当事国であるシリアは(今のところ)、明確な姿勢を示していない。

国交正常化が発表される前日にあたる8月12日、バッシャール・アサド大統領は人民議会(国会)議員を前に演説し、こう述べた。


「イスラエルは敵であり、テロの根本であり、それを育んでいる。パレスチナは中心的な大義であり、その民は我々の兄弟である。
ゴラン高原は名誉あるシリア人の心のなかにとどまり続けている。違法な政体の政府が併合を決定しようと、米国の体制が非道徳な声明を出そうとそれは変わらない。我々の帰還権は、愛国心が心のなかで生き続ける限り、持続する。その奪還の道のりは、それ以外の領土をテロリストと占領者から取り戻す道と違わない。国内のシオニストの敗北は国外のシオニストを敗北させ、国土を完全回復する道だ。」

aoyama0815b.jpg
SANA、2020年8月12日

外交攻勢ではなく、守勢を得意とするシリアの反応が遅れることはよくある。だが、UAEの動きをめぐっては、反応を猶予せざるを得ない事情がある。

「アラブの春」波及による断交

2011年3月に「アラブの春」が波及して以降、シリアとUAEを含むアラブ湾岸諸国の関係は急速に悪化した。同年11月、サウジアラビアやカタールのイニシアチブのもと、アラブ連盟はシリアの加盟資格を停止し、UAEはシリアへの経済制裁に参加した。UAEは、トルコ、サウジアラビア、エジプト、フランスといった国とともに、「ホテル活動家」などと呼ばれる反体制活動家の拠点の一つとなった。

とはいえ、UAEは、サウジアラビア、カタールに比べると、シリア国内で活動するアル=カーイダ系組織主体の反体制派への支援に積極的だったとは言えない。

2012年7月にサウジアラビアの支援を受けるイスラーム軍が、首都ダマスカスで、ハサン・トゥルクマーニー副大統領補佐官、ダウード・ラージハ国防大臣とともに、アースィフ・シャウカト国防副大臣を暗殺すると、同年9月、シャウカト国防副大臣の妻でアサド大統領の姉にあたるブシュラー・アサドは子供たちの養育先としてドバイを選んだ。UAE政府は、欧米諸国が制裁対象にしていたブシュラーを受け入れた。

aoyama0815c.jpg

Zamanalwsl、2017年3月16日

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ユニリーバ、第3四半期売上高が予想上回る 北米でヘ

ワールド

「トランプ氏は政敵を標的」と過半数認識、分断懸念も

ワールド

サハリン2、エネルギー安保上極めて重要な役割果たし

ワールド

AI躍進は90年代ネットブームに類似 データセンタ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
2025年10月28日号(10/21発売)

高齢者医療専門家の和田秀樹医師が説く――脳の健康を保ち、認知症を予防する日々の行動と心がけ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 2
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺している動物は?
  • 3
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシアに続くのは意外な「あの国」!?
  • 4
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 7
    汚物をまき散らすトランプに『トップガン』のミュー…
  • 8
    ハーバードで白熱する楽天の社内公用語英語化をめぐ…
  • 9
    国立大卒業生の外資への就職、その背景にある日本の…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 1
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 2
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 3
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 4
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 5
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 6
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 7
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシ…
  • 8
    日本で外国人から生まれた子どもが過去最多に──人口…
  • 9
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 10
    「認知のゆがみ」とは何なのか...あなたはどのタイプ…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中