最新記事

経済

ラディカル・マーケットとは何か?──資本主義を救う「急進的な市場主義」という処方箋

2020年8月24日(月)11時40分
安田洋祐(大阪大学大学院経済学研究科准教授)※アステイオン92より転載

第一章では、財産の私的所有に改革の矛先が向けられる。私有財産は本質的に独占的であるため廃止されるべきである、と著者たちは主張する。言うまでもなく、財産権や所有権は資本主義を根本から支える制度のひとつだ。財産を排他的に利用する権利が所有者に認められているからこそ、売買や交換を通じた幅広い取引が可能になる。所有者が変わることによって、財産はより低い評価額の持ち主からより高い評価額の買い手へと渡っていくだろう(=配分効率性)。さらに、財産を使って得られる利益が所有者のものになるからこそ、財産を有効活用するインセンティブも生まれる(=投資効率性)。

著者たちは、現状の私有財産制度は、投資効率性においては優れているものの配分効率性を大きく損なう仕組みであると警鐘を鳴らす。私的所有を認められた所有者は、その財産を「利用する権利」だけでなく、他者による所有を「排除する権利」まで持つため、あたかも独占者のように振る舞ってしまうからだ。この「独占問題」によって、経済的な価値を高めるような所有権の移転が阻まれてしまう危険性が生じる。一部の地主が土地を手放さない、あるいは売却価格を吊り上げようとすることによって、地域全体の新たな開発事業が一向に進まない、といった事態を想定すると分かりやすいだろう。

代案として著者たちが提案するのは、「共同所有自己申告税」(COST)という独創的な課税制度だ。COSTは、(1)資産評価額の自己申告、(2)自己申告額に基づく資産課税、(3)財産の共同所有、という三つの要素からなる。具体的には、次のような仕組みとなっている。

(1)現在保有している財産の価格を自ら決める。
(2)その価格に対して一定の税率分を課税する。
(3)より高い価格の買い手が現れた場合には、
 (3)-ⅰ (1)の金額が現在の所有者に対して支払われ、
 (3)-ⅱ その買い手へと所有権が自動的に移転する。

仮に税率が10%だった場合に、COSTがどう機能するのかを想像してみよう。あなたが現在所有している土地の価格を5000万円と申告すると、毎年政府に支払う税金はその10%の500万円となる。申告額は自分で決めることができるので、たとえば価格を4000万円に引き下げれば、税金は100万円も安い400万円で済む。こう考えて、土地の評価額を過少申告したくなるかもしれない。しかし、もし4000万円よりも高い価格を付ける買い手が現れた場合には、土地を手放さなければならない点に注意が必要だ。しかもその際に受け取ることができるのは、自分自身が設定した金額、つまり4000万円に過ぎない。あなたの本当の土地評価額が5000万円だったとすると、差し引き1000万円も損をしてしまうのである。

このように、COSTにおいて自己申告額を引き下げると納税額を減らすことができる一方、望まない売却を強いられるリスクが高まる。このトレードオフによって、財産の(暫定的な)所有者――その時点における利用者――に、正しい評価額を自己申告するようなインセンティブが芽生える、というのが肝である。財産を個人が所有するのではなく社会全体で共有し、その利用者を競争的に選ぶ仕組みがCOSTである、と解釈することもできるだろう。仮に、すべての資産にCOSTが適用されれば、富める者が独占していた財産は社会で共有される。財産を〝所有〞し続けたい場合には、自己評価にもとづく適正な資産税を払わなければならない。この税金を再分配することによって、格差問題の解消に繋げることもできる。

【関連記事】すばらしい「まだら状」の新世界──冷戦後からコロナ後へ

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

原油先物、週間で4カ月半ぶり下落率に トランプ関税

ビジネス

クシュタール、米当局の買収承認得るための道筋をセブ

ビジネス

アングル:全米で広がる反マスク行動 「#テスラたた

ワールド

トルコ中銀が2.5%利下げ、インフレ鈍化で 先行き
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
2025年3月11日号(3/ 4発売)

ジャンルと時空を超えて世界を熱狂させる新時代ピアニストの「軌跡」を追う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない、コメ不足の本当の原因とは?
  • 3
    113年間、科学者とネコ好きを悩ませた「茶トラ猫の謎」が最新研究で明らかに
  • 4
    著名投資家ウォーレン・バフェット、関税は「戦争行…
  • 5
    一世帯5000ドルの「DOGE還付金」は金持ち優遇? 年…
  • 6
    強まる警戒感、アメリカ経済「急失速」の正しい読み…
  • 7
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 8
    定住人口ベースでは分からない、東京23区のリアルな…
  • 9
    テスラ大炎上...戻らぬオーナー「悲劇の理由」
  • 10
    34年の下積みの末、アカデミー賞にも...「ハリウッド…
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天才技術者たちの身元を暴露する「Doxxing」が始まった
  • 4
    アメリカで牛肉さらに値上がりか...原因はトランプ政…
  • 5
    ニンジンが糖尿病の「予防と治療」に効果ある可能性…
  • 6
    「浅い」主張ばかり...伊藤詩織の映画『Black Box Di…
  • 7
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 8
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない…
  • 9
    「絶対に太る!」7つの食事習慣、 なぜダイエットに…
  • 10
    ボブ・ディランは不潔で嫌な奴、シャラメの演技は笑…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 8
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 9
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
  • 10
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中