最新記事

中国

香港国安法を「合法化」するための基本法のからくり

2020年7月20日(月)11時05分
遠藤誉(中国問題グローバル研究所所長)

ましてや「習近平が四面楚歌になってきたので破れかぶれになり、弱体化している証拠だ」とか「習近平が李克強と権力闘争を展開している」といった主張は、日本国民を喜ばせはしても、日本国民に不幸をもたらすことにしか貢献しない。

メディアは日本国民が喜ぶことを報道し、「無難な感覚」の「専門家のコメント」でお茶を濁している。本気で日本国民の将来的幸せや尊厳などを考えるメディアは滅多になく、ジャーナリズムというより、「ビジネス」と言った方がいいのではないかという方向に傾きつつある。

中国の真の戦略や真相を語らなければ、必ずいずれは日本国民に損害をもたらす。

たとえば1992年2月に中国は海洋法(領海および接続水域に関する法律)を制定して尖閣諸島を中国の領土領海と定めたが、日本政府は反対もせずに、江沢民(当時中共中央総書記)の訪日(同年4月)にうつつを抜かし、その年の10月には天皇陛下の訪中を実現させている。

その結果、中国に劇的な経済繁栄をもたらし、2010年に中国のGDPは日本を抜いて世界第二位の経済大国に成長させることに日本は手を貸したのである。

1989年6月4日の天安門事件で崩壊しかけた中国共産党の一党支配体制を維持させてあげたのも日本だ。

真相を見抜かないことが、どれほど恐ろしいことをもたらすかは自明だろう。

怖いのは人々の心

さらに怖いのは、その経済成長して強国となってしまった中国に「気を遣う」という日本人の心理だ。

香港国安法が実施されたことによって、少なからぬ日本人が「中国を非難する際の程度をやわらげ」、「中国に気を遣っている」のではないだろうか。

「ここまで言ったら、ひょっとしたら逮捕されるのではないか」と、香港や中国大陸など中華人民共和国の主権が及ぶ地区に行く際の心配をして自己規制を行っているのではないかと思うのである。 

実は、これほど怖いことはなく、これは即ち、中国とわずかでも関係する世界中の人々が「中国に気を遣って自己規制をする」ことによって、実は「意識形態において中国の管轄下に置かれている」ことを意味する。

自分の思考が、無意識のうちに中国政府のコントロール下に置かれていることに気が付いている人は多くないかもしれない。しかし、そうとは意識してない間に、いつの間にか中国政府にコントロールされているのと同じ心理になっていく。

中国は香港国安法を通して、「意識形態」において、世界を支配することに成功しつつあるのだ。

毛沢東が天安門に掲げさせた、世界を赤化するためのスローガン「世界人民大団結万歳」を、習近平はある意味、香港国安法で遂げつつある。

そのことに気づかず、安倍政権は今もなお、その習近平国家主席を国賓として来日させる「希望」を放棄していない。それがどれほど恐ろしい日本の未来を形成し、日本国民に損害をもたらすかに気が付かないでいる政治家には厳しい警鐘を鳴らしたい。


※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

Endo_Tahara_book.jpg[執筆者]遠藤 誉
中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。著書に『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(実業之日本社、8月初旬出版)、『激突!遠藤vs田原 日中と習近平国賓』、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』,『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『卡子(チャーズ) 中国建国の残火』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。
この筆者の記事一覧はこちら

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国CPI、2月は0.7%下落 昨年1月以来のマイ

ワールド

米下院共和党がつなぎ予算案発表 11日採決へ

ビジネス

米FRBは金利政策に慎重であるべき=デイリーSF連

ワールド

米国との建設的な対話に全面的にコミット=ゼレンスキ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
2025年3月11日号(3/ 4発売)

ジャンルと時空を超えて世界を熱狂させる新時代ピアニストの「軌跡」を追う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやステータスではなく「負債」?
  • 2
    ラオスで熱気球が「着陸に失敗」して木に衝突...絶望的な瞬間、乗客が撮影していた映像が話題
  • 3
    うなり声をあげ、牙をむいて威嚇する犬...その「相手」を知ってネット爆笑
  • 4
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」…
  • 5
    「これがロシア人への復讐だ...」ウクライナ軍がHIMA…
  • 6
    メーガン妃が「菓子袋を詰め替える」衝撃映像が話題…
  • 7
    テスラ大炎上...戻らぬオーナー「悲劇の理由」
  • 8
    中国経済に大きな打撃...1-2月の輸出が大幅に減速 …
  • 9
    鳥類の肺に高濃度のマイクロプラスチック検出...ヒト…
  • 10
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやステータスではなく「負債」?
  • 3
    メーガン妃が「菓子袋を詰め替える」衝撃映像が話題に...「まさに庶民のマーサ・スチュアート!」
  • 4
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」…
  • 5
    アメリカで牛肉さらに値上がりか...原因はトランプ政…
  • 6
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 7
    「浅い」主張ばかり...伊藤詩織の映画『Black Box Di…
  • 8
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない…
  • 9
    「これがロシア人への復讐だ...」ウクライナ軍がHIMA…
  • 10
    著名投資家ウォーレン・バフェット、関税は「戦争行…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 4
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 8
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 9
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
  • 10
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中