最新記事

中国マスク外交

中国「マスク外交」の野望と、引くに引けない切実な事情

THE ART OF MASK DIPLOMACY

2020年6月26日(金)18時28分
ミンシン・ペイ(本誌コラムニスト、クレアモント・マッケンナ大学教授)

イタリア向け医療物資を仕分けする空港スタッフ(3月10日) CHINA DAILYーREUTERS

<新型コロナ禍をいち早く克服して積極外交に打って出たが、あからさまなゴリ押しと欠陥品のせいで、かえって中国離れが進む。本誌「中国マスク外交」特集より>

新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的大流行)は、世界を根底から変えるだろう──。そんなことが、今や常識のように言われている。だが、コロナ後の世界秩序がどのようなものになるかについては、大きな議論がある。
20200630issue_cover200.jpg
このうち現在有力になりつつあるのが、世界における中国の台頭が加速する、という説だ。

これは一見したところ説得力がある。中国は当初こそ、事実隠蔽や情報統制などのミスを犯したが、一党独裁体制ならではの過激な対策により、ひとまず感染拡大を封じ込めた。公式発表が事実だとすれば、中国で確認された新型コロナの感染者と死者は、アメリカの約25分の1だ。

さらに、中国はマスクや医療用ガウンといったPPE(個人用防護具)の世界一のサプライヤーとして、いわゆる「マスク外交」を展開してきた。世界の非常時に乗じて、自らの地政学的影響力を拡大しようとしてきたのだ。

経済面でも中国は、欧米諸国よりずっと早く新型コロナのダメージから立ち直りつつあるようだ。2020年1〜3月期のGDPこそ前年同期比6.8%減となったが、成長は加速しており、4月の鉱工業生産は前年同月比3.9%の伸びを見せた。

政治面では、中国共産党と習近平総書記(国家主席)は、これまで以上に中国のパワーを誇示する方針を取るようになった。5月末には、高度な自治が認められているはずの香港で、中国の統制強化を可能にする国家安全法の導入を決定。根強い民主化運動の息の根を止めようとしている。

軍もおとなしくしていなかった。中国軍のジェット戦闘機は台湾海峡の中間線を繰り返し越えて台湾の領空に侵入し、南シナ海では中国海警局がベトナムとフィリピンの漁船を追い回した。さらに中印国境では、中国軍とインド軍が小競り合いを起こしている。

新型コロナ危機は、08年の世界金融危機のように、欧米諸国の相対的衰退を加速させ、超大国・中国の地位を強化するのか。

実際、中国はWHO(世界保健機関)に20億ドルの拠出を約束して、WHOからの脱退を表明したアメリカの後がまに座ろうとしている。さらに、巨大市場へのアクセスを武器に、新型コロナで経済が打撃を受けた国への支配力を強めるかもしれない。

こうした懸念は、安易に切り捨てることはできない。だが、中国自身が直面している地政学的な問題や経済不振、そして国内に抱える火種を冷静に分析すると、今回の危機は中国の台頭を加速するどころか、衰退を促す可能性のほうがずっと高い。

マスク外交も、実は中国の脆弱性の表れだ。新型コロナが世界で猛威を振るい始め、中国に対する批判が高まると、中国政府は心配になった。国際社会における中国の評判が悪化するだけでなく、外国から賠償を求められるのではないか、と。そのダメージコントロールとして考案されたのが、マスク外交だ。つまりマスク外交は、世界に中国の影響力を広げるための積極的な措置ではなく、国威を守る防衛措置だったのだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

戦場の成果、米との和平協議に「前向きな影響」=ロシ

ビジネス

ユーロ圏のインフレ、今後数カ月は2%前後で推移=ラ

ビジネス

中国人民銀、一部銀行の債券投資調査 利益やリスクに

ワールド

香港大規模火災、死者159人・不明31人 修繕住宅
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇気」
  • 2
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与し、名誉ある「キーパー」に任命された日本人
  • 3
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させられる「イスラエルの良心」と「世界で最も倫理的な軍隊」への憂い
  • 4
    【クイズ】日本で2番目に「ホタテの漁獲量」が多い県…
  • 5
    台湾に最も近い在日米軍嘉手納基地で滑走路の迅速復…
  • 6
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 7
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 8
    トランプ王国テネシーに異変!? 下院補選で共和党が…
  • 9
    トランプ支持率がさらに低迷、保守地盤でも民主党が…
  • 10
    コンセントが足りない!...パナソニックが「四隅配置…
  • 1
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 4
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 5
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 6
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 7
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 8
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    子どもより高齢者を優遇する政府...世代間格差は5倍…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 4
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 5
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 8
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中