最新記事

中国マスク外交

中国「マスク外交」の野望と、引くに引けない切実な事情

THE ART OF MASK DIPLOMACY

2020年6月26日(金)18時28分
ミンシン・ペイ(本誌コラムニスト、クレアモント・マッケンナ大学教授)

200630p182.jpg

トランプは自身への批判をそらすため「中国たたき」に精を出す TOM BRENNERーREUTERS


だが、習と側近の思惑は大きく外れた。中国がどんなに取り繕っても、武漢での初期の事実隠蔽と情報統制が、その後の感染拡大の大きな一因となったことを、世界中の人は事実として知っているからだ。

善意のマスクは不良品だらけ

マスク外交が失敗した原因は、ほかにもある。例えば、中国にはまともな品質管理システムがないため、世界各国に輸出したマスクや検査キットの多くは、適切な基準を満たしていない欠陥品だった。また、中国の外交官たちは、世界各地で中国政府のあからさまなプロパガンダを売り込もうとして、かえって容赦ない批判を浴びることになった。

EUのジョセップ・ボレル外交安全保障上級代表(外相)は、中国のマスク外交を「影響力拡大といった地政学的野心」を隠すための策略だと非難した。イギリスでは、ドミニク・ラーブ外相ら有力政治家が、武漢での感染拡大初期の情報統制を理由に、中国と「これまでどおりの関係」には戻れないと断言した。

中国がどんなに必死になっても、新型コロナ危機が中国の影響力に与えるダメージを封じ込めることはできないだろう。それどころか、今回の危機はアメリカと中国の冷戦を大幅に加速させた。

中国当局が1月初旬に、武漢で新型肺炎が増えている情報を隠蔽したという報道は、アメリカの民主・共和両党を激怒させ、説明責任と補償を求める声を噴出させた。一方、ドナルド・トランプ米大統領は、自らのお粗末な新型コロナ対策から国民の目をそらすために、中国に対して一連の制裁措置を取り始めた。

米商務省は5月、中国の通信機器大手の華為技術(ファーウェイ・テクノロジーズ)に対し、アメリカの製造装置で造られた半導体チップの使用を事実上禁止する新規則を発表し、ファーウェイの事業継続をほぼ不可能にした。アメリカの技術の輸出が禁止される商務省の「エンティティー・リスト」には、ファーウェイ以外にも30以上の中国企業(または組織)が含まれている。

5月末に香港国家安全法の導入が決まると、米中間の溝は一段と広がった。トランプは、アメリカが香港に認めてきた関税や渡航面での優遇措置を廃止すると発表した。

新型コロナを機に中国に背を向け始めたのは、アメリカだけではない。多くのヨーロッパ諸国が中国との関係を見直している。イギリスは短い移行期間を設けた上で、次世代通信規格5Gの環境整備事業からファーウェイ製品を排除することを検討中とされる。

世界の工場の終わりの始まり

フランス政府は、在仏中国大使館が「フランスの高齢者介護施設では職員が職場放棄し、老人たちが適切な介護も食事も与えられずに死んでいる」というデマを流したとして、中国大使を呼び出して正式に抗議した。これまで中国批判を控えてきたドイツでも、中国市場への過剰依存を見直す機運が高まっている。

EUとしても、香港情勢を受け、中国の人権侵害に対してもっと厳しい態度を取るべきだという域内からの突き上げが激しくなるだろう。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米「夏のブラックフライデー」、オンライン売上高が3

ワールド

オーストラリア、いかなる紛争にも事前に軍派遣の約束

ワールド

イラン外相、IAEAとの協力に前向き 査察には慎重

ワールド

金総書記がロシア外相と会談、ウクライナ紛争巡り全面
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 3
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打って出たときの顛末
  • 4
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 5
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    主人公の女性サムライをKōki,が熱演!ハリウッド映画…
  • 8
    【クイズ】未踏峰(誰も登ったことがない山)の中で…
  • 9
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 10
    『イカゲーム』の次はコレ...「デスゲーム」好き必見…
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 4
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 5
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首…
  • 6
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 7
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 8
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 9
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、…
  • 10
    アリ駆除用の「毒餌」に、アリが意外な方法で「反抗…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中