アメリカが接触追跡アプリの導入に足踏みする理由
PRIVACY VS. PUBLIC HEALTH
PM IMAGES-DIGITALVISION/GETTY IMAGES, DABOOST/ISTOCK
<新型コロナ対策の決め手とされる接触追跡。日本でも接触確認アプリ「COCOA」が公開されたが、プライバシーの権利を重んじるアメリカ人にはハードルが高い。何が問題なのか。効果はあるのか。本誌「コロナ時代の個人情報」特集より>
新型コロナウイルスが世界中で猛威を振るう前ならば、こんな話は巨大ハイテク企業が全人類を支配する悪夢の未来社会、という恐怖のシナリオの一場面にしか見えなかったはずだ。
4月10日のこと。宿敵同士の米グーグルとアップルが連名で、ウイルス感染のリスクを把握するためにスマートフォン(スマホ)の持ち主が誰と接触したかを自動的に追跡できる技術枠組みを提供すると発表した。
余計なお世話、と思われるだろうか? だが、現に世界の多くの国が似たような行動追跡システムを採用している。韓国ではアプリと監視カメラを併用し、発症以前の感染者と接触した人を追跡している。中国やシンガポール、オーストラリアもスマホベースの接触追跡システムを導入済みで、ヨーロッパの多くの国も追随する見込みだ。
アメリカでも経済活動の再開に向けた動きが始まっているが、新型コロナウイルスはまだ死滅していないし、再び感染が急拡大する可能性は十分にある。救急医療体制の崩壊という悪夢の再現を防ぐためにも、当局は感染拡大の芽を早いうちに摘む必要があり、そのために感染者の接触相手を徹底的に洗い出したい。1人でも新規の感染者が出たら、その人が発症以前に接触した可能性のある人たちをリストアップし、速やかに彼らに連絡し、自宅待機などの対応を求めなければならない。
こうした接触追跡は過去にも新たな感染症の発生時に行われている。いい例がエイズ(後天性免疫不全症候群)だ。あれは性行為による感染が多く、セックスの相手を聞き出すという難しさはあったが、相手の数は限られていた。しかし今回は不特定多数が相手だし、しかもアメリカの場合は、理髪店の閉鎖にも怒って街頭へ繰り出すような市民が相手だ。本気で接触先を追跡しようと思うなら10万人のプロを動員する必要があると、ジョンズ・ホプキンズ大学の専門家は試算している。
だからこそ、先端技術を利用して追跡調査を自動化しようという話になる。それをやって成功したのが韓国だ。6月中旬現在、韓国(人口約5100万)の感染者数は1万2000人に満たず、死亡者は270人強。死亡率はアメリカの約70分の1だ。既にアジアを中心に20以上の国がスマホを用いた接触追跡システムを採用し、一定の効果を上げている。だが技術大国のアメリカは後れを取っている。