最新記事

生物

冬眠に似た状態に導く神経回路が日本とアメリカで相次いで発見される

2020年6月17日(水)18時31分
松岡由希子

冬眠のメカニズムはまだ解明されていないが ...... SashaFoxWalters -iStock

<本来は冬眠しないマウスを冬眠に似た状態に導く「スイッチ」のような神経回路を特定する研究成果が、日本とアメリカで相次いで発表された ......>

冬眠とは、クマやハリモグラなど、哺乳類の一部が、食糧の乏しい冬季に、体温や代謝を下げてエネルギーを保持ながら生き延びる現象である。冬眠の調整には脳の一部が関与していると考えられてきたが、そのメカニズムはまだ解明されていない。このほど、本来は冬眠しないマウスを冬眠に似た状態に導く「スイッチ」のような神経回路を特定する研究成果が、日本とアメリカで相次いで発表された。

筑波大学と理化学研究所の共同研究チームが新しい神経回路を発見

筑波大学・国際統合睡眠医科学研究機構の櫻井武教授らと理化学研究所の共同研究チームは、マウスを冬眠に似た状態に誘導できる新しい神経回路を発見し、2020年6月11日、その研究成果を学術雑誌「ネイチャー」で発表した。マウスの視床下部にあるこの神経細胞群は「Q神経(休眠誘導神経)」と名付けられ、Q神経を刺激することによって生じる低代謝を「QIH(Q神経誘導性低代謝)」と称している。

実験では、マウスのQ神経に刺激を与えると、48時間以上にわたって、動きや摂食がほぼなくなり、体温が摂氏24度まで下がり、酸素消費量(VO2)も大幅に低下したが、代謝を制御する機能は維持され、冬眠と極めてよく似た状態になった。この状態から回復した後も、マウスの組織や器官に損傷はなく、行動の異常も認められなかった。

研究チームでは、マウスと同じく冬眠しないラットにも、Q神経に刺激を与える実験を行った。その結果、マウスと同様に、長期的かつ可逆的な低代謝が確認された。このことから、研究チームは、「哺乳類に広く備わっているQ神経を刺激することで、ヒトを含め、本来は冬眠しない哺乳類を、冬眠に似た状態に誘導できるのではないか」との仮説を示している。

ハーバード大学医学大学院の研究チームは視床下部に着目

米ハーバード大学医学大学院の研究チームは、マウスが冬眠に似た状態になるのを制御する神経細胞群を特定するべく、体温や空腹感、ホルモン分泌などをつかさどる視床下部に着目。マウス54匹を用いて、視床下部の226カ所に微量のウイルスを注入して刺激を与える実験を行った。

その結果、視床下部の神経細胞群「avMLPA(視索前野の前腹側領域)」が活性化されると、マウスは冬眠に似た状態になることがわかった。一連の研究成果は、6月11日に「ネイチャー」で掲載されている。

ヒトを人工的に「冬眠状態」にできれば ......

これら2つの研究成果は、哺乳類、とりわけヒトを冬眠に似た状態を誘導するメカニズムの解明において、大きな前進といえる。ヒトを人工的に「冬眠状態」にできれば、重症患者の搬送や麻酔の代替、移植用臓器の保存など、様々な分野で応用できる可能性がある。

研究論文の責任著者でもある、ハーバード大学医学大学院のマイケル・グリーンベルグ教授は、「マウスと同様の『冬眠状態』にヒトを誘導できるのかどうかについて言及するのは早計だが、これを目指して取り組む価値はあるだろう」と述べている。

【話題の記事】
「ドイツの黒人はドイツ人とは認められない」 ベルリンで起きた共感のデモ
動画:「鶏肉を洗わないで」米農務省が警告 その理由は?
ドイツ人 マスク嫌いすぎで小売業がピンチ
冗談なの? 20年後のデスクワーカーの姿を予測した人形が過激すぎて話題に

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

FIFAがトランプ氏に「平和賞」、紛争解決の主張に

ワールド

EUとG7、ロ産原油の海上輸送禁止を検討 価格上限

ワールド

欧州「文明消滅の危機」、 EUは反民主的 トランプ

ワールド

米中が閣僚級電話会談、貿易戦争緩和への取り組み協議
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 2
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い国」はどこ?
  • 3
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 4
    「ボタン閉めろ...」元モデルの「密着レギンス×前開…
  • 5
    左手にゴルフクラブを握ったまま、茂みに向かって...…
  • 6
    主食は「放射能」...チェルノブイリ原発事故現場の立…
  • 7
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 8
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 9
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 10
    『羅生門』『七人の侍』『用心棒』――黒澤明はどれだ…
  • 1
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 2
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 3
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 4
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 5
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 6
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 7
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 8
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 9
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 10
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中