最新記事

医療

「緊急事態解除の日」遠い医療現場 他院が拒否した新型コロナ患者受け入れる聖マリアンナ病院の葛藤

2020年5月23日(土)14時31分

帰宅しても子供とは別々

夕方、救命救急センターの重症患者看護専門の看護師、津田泰伸さんと小原秀樹さんがスタッフエリアに座っていた。この日も2人は、コロナ患者の対応にずっと追われていた。

「家に帰ってからも、コロナ関連のニュースでやっていると見てしまいますし、(気を)抜く場所がない、離れられないという感じ」と看護部副師長の小原さんは語る。

部下の多くは、パンデミックの最前線で働くという「新常態」に適応しなければならなかった。ある女性看護師は夜に帰宅し、家族に夕食を作る。しかし、子供たちが感染するリスクを避けるため、食べる時は別々だ。

津田さんには生まれたばかりの子供がいる。帰宅して玄関で子供の顔を見ると、安らぎとともに、抱き上げたいという衝動がこみ上げる。

「でも、抱っこしてあげたいけど、(感染が心配だから)そうしてあげられないな、と思ってしまう」と津田さん。

津田さんは、帰宅するとすぐ新しいマスクに取り替える。家でもマスクをしているため「子供は、私の顔を全然知らないかもしれない」と話す。

あと1年は続く

多くの国が封鎖措置を終わらせようと模索する中、聖マリアンナ病院の医療スタッフは、世界中のICUで働く人々と同じく、終わりが見えない現実に向き合おうとしている。企業は経済活動の再開を切望し、市民の多くも元の生活に戻ることを望んでいるが、それによって感染者がどれほど増える危険があるのか、最前線の医療従事者にも分からない。

「もうすでに戦いが3カ月以上にわたり、そして外出制限などもあり、相当なストレスを感じている医療従事者も多くいると思います」と藤谷センター長は病棟の廊下で語った。「その人たちのストレスをいかに軽減させながら戦っていくか、というのが今後の課題です」

津田さんは、自分のチームに防護服と呼吸器が必要な「赤ゾーン」担当の順番が回ってくる前からスタッフたちに注意を促しておく。心の準備を万全にするためだ。シフトの前日は、安全手順を復習したり、防護服で作業したときの暑さと疲労を想像し、不安の中で時間を過ごすことになる。

「自分が(疲れて)弱っているというのは、たぶん皆が言いづらいし、私もかなり言いにくいですよ」。津田さんの話をさえぎるかのように、彼の電話が鳴った。

看護師としてのシフトが終わっても、津田さんにはまだまだ仕事が残っている。同僚とともに、看護スタッフの新たな安全マニュアルを作り始めた。津田さんが病院を出るのは午後11時近くになりそうだ。

こうした生活は「あと1、2カ月とは思っていない。1年くらいとか続くだろうなとみています」と津田さんは言う。

夜が更け、人影が減ったセンター内に静けさが広がる。聞こえてくるのは、ICUの患者たちにつながれた無数のモニターが発するホワイトノイズだけだった。

斎藤真理

(編集:北松克朗、久保信博)

[川崎市(神奈川県) ロイター]


トムソンロイター・ジャパン

Copyright (C) 2020トムソンロイター・ジャパン(株)記事の無断転用を禁じます


【関連記事】
・東京都、3段階で休業解除へ 感染増加すれば東京アラートでレインボーブリッジ赤点灯
・新型コロナウイルスをめぐる各国の最新状況まとめ(23日現在)
・コロナ独自路線のスウェーデン、死者3000人突破に当局の科学者「恐ろしい」
・韓国クラスター発生の梨泰院、BTSメンバーら芸能人も 感染者追跡の陰で性的マイノリティへの差別も


20200526issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2020年5月26日号(5月19日発売)は「コロナ特効薬を探せ」特集。世界で30万人の命を奪った新型コロナウイルス。この闘いを制する治療薬とワクチン開発の最前線をルポ。 PLUS レムデジビル、アビガン、カレトラ......コロナに効く既存薬は?

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

カザフスタン、アブラハム合意に参加 トランプ氏が発

ワールド

中国、米国産農産物の購入を緩やかに開始 先週の首脳

ワールド

諮問会議議員に若田部氏ら起用、「優れた識見有する」

ビジネス

米ゴールドマン、来年はマネジングディレクター昇進が
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 4
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 5
    「これは困るよ...」結婚式当日にフォトグラファーの…
  • 6
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 7
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 8
    NY市長に「社会主義」候補当選、マムダニ・ショック…
  • 9
    「なんだコイツ!」網戸の工事中に「まさかの巨大生…
  • 10
    約500年続く和菓子屋の虎屋がハーバード大でも注目..…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 7
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 8
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 9
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 10
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中