マスクの弊害 視覚・聴覚障害者にとってのコロナ禍社会
撮影:内村コースケ
新型コロナウイルスの感染拡大で非常事態宣言が出された町には、社会的弱者と呼ばれる人たちもいる。自分のことで精一杯になりがちな非常時にこそ、私たちは意識して、そうした人たちが置かれている状況にも目を向けばければならない。
筆者が長年取材してきたアイメイト(盲導犬)使用者に話を聞くと、全盲の視覚障害者の場合、「マスクで顔の皮膚感覚が鈍って歩行が困難になる」「町の音がなくなって方向感覚が狂った」「ソーシャル・ディスタンスが掴めない」といった、晴眼者には想像しにくい弊害を訴える声が聞こえてきた。また、聴覚障害者にとっては、手話で重要な表情と口の動きを覆うマスクの着用は、より切実な問題となっている。
マスク越しに消えた「皮膚感覚」
筆者は、子供時代をマスク着用習慣のないカナダとイギリスで過ごした。花粉症もなく、生きてきた半世紀弱、マスクを着用したことがなかった。それでも、今回ばかりは例外だと初めてマスク生活に突入した。慣れなければいけないが、文化的・物理的な違和感は残る。そんなことを、かのイギリスでもマスクに対する意識が変わっているという記事を引用してFacebookに投稿したところ、旧知のアイメイト使用者の女性からコメントが入った。
「視力なしで顔の下半分を覆って歩くのは、すごく怖いです。頬の皮膚感覚なんて普段気にもしませんが、マスクで覆われて初めてそれに頼っていたことを実感しました。アイメイトがいるのでまだいいものの、白杖で生活していたら多分お手上げです」。筆者も、慣れないマスクをしていると息苦しく、顔を覆う違和感が気になって微妙な感覚を使う写真撮影や車の運転に集中できない。視覚障害者にとっての歩行は一歩間違えば命に関わることも少なくないため、傍から見るよりもずっと切実な問題だ。
コメント主の茨城県日立市在住の主婦、佐藤由紀子さん(56)は、18歳で全盲になった。24歳でアイメイトを持つまでは、東京都内を白杖で通勤していた。「全盲で一人歩きする人は皆、多かれ少なかれ直接肌が空気に触れる頬やおでこの皮膚感覚を使っています。たとえば、駅構内などの風が吹いていない場所では、微妙な空気の動きによる『圧』を顔で感じて『ここは狭い通路なのか』とか、空間の広さを判断します。壁からどのくらい離れているのかも、それで概ね分かります」。しばしば視覚障害者の転落事故が起きる電車のホームの端を把握するためにも、足の裏の感覚と共にこの皮膚感覚を使う。佐藤さんの場合、マスクをしていると、その「圧」がほとんど感じられなくなるという。「手袋で物を触るような感じ?」と聞くと、彼女は頷いた。
個人差はある。マスクをしていてもほとんど感覚が変わらないという人もいる一方で、「鼻が詰まっただけで歩けないのにマスクなんてとんでもない」という人もいる。その点、スーパーのレジで隣の人と2メートル以上離れるといった「ソーシャル・ディスタンス(社会的距離)」が、「見えないので分からない」「マスクをしているとなおさら把握が困難になる」という状況は、ほとんどの全盲の視覚障害者に共通しているようだ。