最新記事

マスク

マスクの弊害 視覚・聴覚障害者にとってのコロナ禍社会

2020年4月21日(火)16時30分
内村コースケ(フォトジャーナリスト)

撮影:内村コースケ

新型コロナウイルスの感染拡大で非常事態宣言が出された町には、社会的弱者と呼ばれる人たちもいる。自分のことで精一杯になりがちな非常時にこそ、私たちは意識して、そうした人たちが置かれている状況にも目を向けばければならない。

筆者が長年取材してきたアイメイト(盲導犬)使用者に話を聞くと、全盲の視覚障害者の場合、「マスクで顔の皮膚感覚が鈍って歩行が困難になる」「町の音がなくなって方向感覚が狂った」「ソーシャル・ディスタンスが掴めない」といった、晴眼者には想像しにくい弊害を訴える声が聞こえてきた。また、聴覚障害者にとっては、手話で重要な表情と口の動きを覆うマスクの着用は、より切実な問題となっている。

マスク越しに消えた「皮膚感覚」

A9202510.jpg

皮膚感覚の低下をおして、マスク着用でアイメイト歩行する佐藤さん

筆者は、子供時代をマスク着用習慣のないカナダとイギリスで過ごした。花粉症もなく、生きてきた半世紀弱、マスクを着用したことがなかった。それでも、今回ばかりは例外だと初めてマスク生活に突入した。慣れなければいけないが、文化的・物理的な違和感は残る。そんなことを、かのイギリスでもマスクに対する意識が変わっているという記事を引用してFacebookに投稿したところ、旧知のアイメイト使用者の女性からコメントが入った。

「視力なしで顔の下半分を覆って歩くのは、すごく怖いです。頬の皮膚感覚なんて普段気にもしませんが、マスクで覆われて初めてそれに頼っていたことを実感しました。アイメイトがいるのでまだいいものの、白杖で生活していたら多分お手上げです」。筆者も、慣れないマスクをしていると息苦しく、顔を覆う違和感が気になって微妙な感覚を使う写真撮影や車の運転に集中できない。視覚障害者にとっての歩行は一歩間違えば命に関わることも少なくないため、傍から見るよりもずっと切実な問題だ。

コメント主の茨城県日立市在住の主婦、佐藤由紀子さん(56)は、18歳で全盲になった。24歳でアイメイトを持つまでは、東京都内を白杖で通勤していた。「全盲で一人歩きする人は皆、多かれ少なかれ直接肌が空気に触れる頬やおでこの皮膚感覚を使っています。たとえば、駅構内などの風が吹いていない場所では、微妙な空気の動きによる『圧』を顔で感じて『ここは狭い通路なのか』とか、空間の広さを判断します。壁からどのくらい離れているのかも、それで概ね分かります」。しばしば視覚障害者の転落事故が起きる電車のホームの端を把握するためにも、足の裏の感覚と共にこの皮膚感覚を使う。佐藤さんの場合、マスクをしていると、その「圧」がほとんど感じられなくなるという。「手袋で物を触るような感じ?」と聞くと、彼女は頷いた。

個人差はある。マスクをしていてもほとんど感覚が変わらないという人もいる一方で、「鼻が詰まっただけで歩けないのにマスクなんてとんでもない」という人もいる。その点、スーパーのレジで隣の人と2メートル以上離れるといった「ソーシャル・ディスタンス(社会的距離)」が、「見えないので分からない」「マスクをしているとなおさら把握が困難になる」という状況は、ほとんどの全盲の視覚障害者に共通しているようだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

CFTC、予測市場のインサイダー取引注視 新任の執

ワールド

ガザでのUNRWA職員殺害の調査を=退任の事務局長

ビジネス

米ナイキ、予想外の減収予想 中国市場低迷が業績回復

ビジネス

アマゾン、デルタ航空と機内Wi─Fi契約 スターリ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本企業に迫る サステナビリティ新基準
特集:日本企業に迫る サステナビリティ新基準
2026年4月 7日号(3/31発売)

国際基準の情報開示や多様な認証制度──本当の「持続可能性」が問われる時代へ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅」企業が救う、ウクライナの未来
  • 2
    攻撃開始日も知っていた?──イラン戦争を巡る巨額取引、インサイダー疑惑が市場に波紋
  • 3
    なぜイスラエルは対イラン戦争を支持するのか...「イラン恐怖」の正体
  • 4
    初の女性カンタベリー大主教が就任...ウィリアム皇太…
  • 5
    年金は何歳からもらうのが得? 男女で違う「最適な受…
  • 6
    中国がイラン戦争最大の被害者? 習近平の誤った経…
  • 7
    ロシア経済を支える重要な港、ウクライナのものと思…
  • 8
    韓国・週4.5日労働制が問いかけるもの ──「月曜病」解…
  • 9
    「え、なんで?」フライト中に操縦席の窓が覆われて…
  • 10
    アリサ・リュウの自由、アイリーン・グーの重圧
  • 1
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅」企業が救う、ウクライナの未来
  • 2
    ヘンリー・メーガン夫妻の豪州訪問に3万6000人超の反対署名...「歓迎してない」の声広がる
  • 3
    「水に流す」日本と「記憶する」韓国...気候と地理が育んだ「国民意識の違い」とは?
  • 4
    記憶を定着させるのに年齢は関係ない...記憶の定着度…
  • 5
    ロシア経済を支える重要な港、ウクライナのものと思…
  • 6
    中国最大の海運会社COSCOがペルシャ湾輸送を再開──緊…
  • 7
    映画『8番出口』はアメリカでどう受け止められた?..…
  • 8
    作者が「投げ出した」? 『チェンソーマン』の最終…
  • 9
    攻撃開始日も知っていた?──イラン戦争を巡る巨額取引…
  • 10
    オランウータンに「15分間ロックオン」された女性のS…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 3
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 4
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅…
  • 5
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 6
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 7
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 8
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 9
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
  • 10
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中