日本で医療崩壊は起きるのか? 欧米の事例とデータに基づき緊急提言
THE HEALTHCARE SYSTEM AT WAR
一方で、最近は人工呼吸器やマスクなどの医療物資、さらに食料品に至るまでの国際的なサプライチェーンが危機に瀕している。感染拡大に伴い、自国優先で輸出制限をする国が増えたからである。英仏など54の国・地域が年初から一部の医療物資の輸出を制限し、3月だけで世界で新たに70品目の輸出規制がなされた。
これは私の仕事にも大きく影響している。一部の治療薬、診断キット、検査機器などが途上国に届けられなくなったのだ。輸出規制は自国の命を守るが、他国の命は危うくする。
そんななかで解決策も模索されている。例えば、3Dプリンターによるモノ作りである。PCR検査用のスワブ(綿棒状の検体採取キット)、フェイスシールド、マスク、人工呼吸器用の部品など、3Dプリンターで製造可能なものは多く、しかも速い。ある会社は700以上の医療用部品などをわずか1週間でイタリアの医療施設に提供し、なかには要請を受けてから病院への納入まで8時間で完了したケースもあるという。
医療崩壊を防ぐために「データ」の重要性も指摘しておきたい。特に、自治体ごとの新型コロナの重症者数、使用可能なICU病床数、人工呼吸器・ECMO数などの重要な情報は可視化して公開し、リアルタイムにモニタリングする必要がある。
IT技術の進歩と市民社会を含むさまざまなセクターの協力により、世界では新型コロナの情報の分析・可視化・共有が進んでいるが、日本でもその動きが始まった。患者数、感染者用の病床数などを都道府県ごとに表示した「新型コロナウイルス対策ダッシュボード」である。今後も、さらに産官学民の連携が広がっていくことを期待している。
「努力」ではなく「結果」が全て
しかし何といっても、医療崩壊を防ぐための最も重要なことは、一人一人の行動、感染拡大の阻止である。
社会的・経済的影響を最小限に抑えたいと思うのはどの国も同じだ。しかし、感染爆発を経験した欧州では、早くこの修羅場から脱却するためにも、生ぬるい政策より徹底した強硬策を評価する声が多い。現在、過去を振り返って、なぜもっと早く強硬策をやらなかったのか、との後悔や非難の声も多い。判断が遅ければかえって感染は長引き、人的・経済損失は共に大きくなることを多くの国が証明しているからである。
日本には海外の経験やデータから学ぶ余裕も、考えて準備する時間もあった。だが、緊急事態宣言後の「甘い」「緩い」対策には海外からも驚きの声が多い。私も驚いた。
大切なのは「宣言」ではなく「内容」だ。さらに「努力」ではなく「効果」そして「結果」だ。グーグル社が公開した「COVID-19コミュニティ・モビリティ・レポート」など人々の移動をモニタリングできるツールによると、今のところ日本の政策の「効果」は十分に見えていない。逆に、データからは将来の恐ろしい「結果」が見えてくる。
医療崩壊が進んで死者が増えるかどうかは、われわれ一人一人の行動に懸かっている。しかし、それが「自粛」や「要請」でできない場合、より強い政治的決断が求められる。まさに今がその時だ。
(筆者はジュネーブ在住。元長崎大学熱帯医学研究所教授。これまで国立国際医療センターや国連児童基金〔ユニセフ〕などを通じて感染症対策の実践・研究・人材育成に従事してきた)
<本誌2020年4月28日号「日本に迫る医療崩壊」特集より>
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2020年4月28日号(4月21日発売)は「日本に迫る医療崩壊」特集。コロナ禍の欧州で起きた医療システムの崩壊を、感染者数の急増する日本が避ける方法は? ほか「ポスト・コロナの世界経済はこうなる」など新型コロナ関連記事も多数掲載。