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コロナ後の世界

「コロナ後の世界」は来るか?

2020年4月6日(月)17時25分
鈴木謙介(関西学院大学社会学部准教授)

国家の孤立主義は深まるのか

もうひとつの論点、「国家主義的な孤立」についてはどうだろうか。確かに現在のような、人の往来が制限され、グローバル・サプライチェーンが崩壊しかけている状況では、世界がグローバルに連携することを諦め、まずは自分たちだけで生き残ろうとするというシナリオにはリアリティが感じられるかもしれない。だがこれも、政治や市民活動におけるグローバルな連携が進んできた背景を考えると、そう単純には受け止められない。

そもそも20世紀後半の世界で自由貿易や世界の連携が進んだ背景にあったのは、二度と世界大戦を起こさないために、国民国家を孤立させず、相互依存的な状態をつくることが必要だという認識があったからだ。独仏の間の懸案事項だった鉄鋼と石炭を共同管理する仕組みが後のEUへとつながったり、GATTからWTOによる自由貿易の推進の流れの中で、(多くの問題がありつつも)新しい独立国や十分に開発の進んでいなかった国がグローバル・サプライチェーンの中に参入できたことで経済成長を果たし、貧困や内戦のリスクを減らしてきたことは無視できない事実だ。

つまり世界の国々のグローバルなつながりには、一方に利益があって他方が不利益を被るという搾取的な側面だけでなく、他ならぬ国家の生き残りにとって必要不可欠だという側面もあるのだ。ゆえに国家は、生き残りのためにある部分では門戸を閉ざし、自国民の生存を優先することにもなろうが、他方、どこかでは国を開き、他国と連携していかなければならない。人の往来は禁止されても、中国から輸入されるマスクは喉から手が出るほど欲しいというのが、いまの状況なのである。

また、「国家が門戸を開くか否か」だけが、グローバルな連携の形を決めるのではない。おそらくいまもっとも読まれるべき本のひとつ、『ゾンビ襲来――国際政治理論で、その日に備える』の中で著者のダニエル・ドレズナーは、ゾンビウイルスのパンデミックという状況に直面して、国家がどのように対処するかという問題だけでなく、NGOなどの市民セクターがその決断に与える影響について論じている。人の行き来ができなくても、情報の世界的な流通を止めることはできない。そしてその情報が市民活動にもたらす影響は、世界的な連携をもたらすだけでなく、国家による、あるいは科学的知見に基づく合理的な対処に対する歯止めともなり得るのである。

さらに、国家の決断には国際機関の決定も影響力をもつ。とはいえ国際機関も、国家から独立し、国家を拘束する上位の権限を持つわけではない。むしろ有力国の意見や立場から、合理的な判断が捻じ曲げられてしまうということすら起きる。たとえばWTOにとって台湾が「存在しないもの」として扱われることで、台湾が蓄積したパンデミックへの対処法のデータや知見もまた、闇に葬られることになる。

こうしたことをまとめるなら、「国家主義的な孤立かグローバルな結束か」という二項対立もまた、適切なものではない。国家は、市民や国際機関、他国との条約や協定といった国際法を無視して、独断的にあらゆることを決定する力を、もはや持っていない。それができるのは、他国を無視しても生き延びることのできる、ごく一部の豊かな島国(もしくは大陸)だけだろう。そしてグローバルな結束は、必ずしも常によい結果をもたらすわけではない。国家や市民セクター、企業、ソーシャルメディアの言説などがそれぞれ独立した動きを見せ、互いに綱引きをしながら、そのバランスの中でものごとが決定されていくと考えるのが、現代の国際関係の標準的な見方だ。

「演繹された決断」のもつ問題

ここまで述べてきた通り、ハラリの主張には、本来なら二項対立、あるいはトレードオフの関係にあるとは言えないものが「こちらを選ぶか、あちらを選ぶか」という二者択一として示されているという問題点がある。僕が何より注目したいのは、この二項対立のロジックが非常時において持つ影響力だ。

というのも、ハラリの主張の根拠の根幹は、エビデンスに基づいて帰納的に導かれたものではなく、限られたいくつかの傍証から演繹的に導かれたものであるからだ。そして、それに基づく「こちらを選ばなければ、あちらのもっと悪いものを選択するほかなくなる」という二者択一は、基本的な点で非常事態における権威主義と相性がいい。なぜなら刻一刻と状況が変化する非常時においては、合理的なエビデンスは限られており、どこかで「限定されたエビデンスから演繹的に未来を予測する」という決断が必要になるからだ。

このような「演繹に基づく決断」は、一般的にビジネスの世界では称賛されるものだと言えるだろう。エビデンスが揃うのを待っていたら市場の変化に乗り遅れるというわけだ。そしてそうした決断ができる人物が評価されるのであれば、ハラリのような二者択一論は「非常に素晴らしい洞察だ」ということで、ソーシャルメディアをバイラル的に席巻していくかもしれない。だが、演繹法が「前提が正しいのならば結論も正しい」という論理である以上、前提が間違っていたり変化したりしたら、結論も正しいとは言えなくなる。

権威主義とは、要するに「偉い人が言うことは正しい」という上下関係を受け入れる考え方のことだ。エビデンスの限られた非常時では、確かに「専門家の言うことを信じる」といった形で、物事の判断を簡便化する必要はあるだろう。ただ、「コロナ後の世界」が訪れるとしても、それはコロナ以前の世界に存在していた懸念点が消滅した世界ではない。「まだ、わからないよね」という態度保留が許されるくらいには、世界の問題や国際関係は複雑で、簡単に未来を演繹できるようなものではないということは、心に留めておくべきだろう。

鈴木謙介氏のブログより


●鈴木謙介(すずき・けんすけ)
関西学院大学社会学部准教授。国際大学グローバル・コミュニケーション・センター客員研究員。2006年より、TBSラジオで「文化系トークラジオ Life」のメインパーソナリティ。

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