最新記事

映画

アカデミー賞3冠!今週公開『1917』が「ワンカット」で捉えた戦争の恐怖

Capturing the Horror of War

2020年2月11日(火)18時00分
デーナ・スティーブンズ

不満な点があるとすれば、音楽が必要以上に恐怖をあおることか。素晴らしいカメラワークや主役の若い俳優たちの演技だけで十分なのに。

一方で、戦争映画にはどうしてもイデオロギー的な意味付けや凄惨な場面の「ダークな魅力」が付きまとう。しかしディーキンスの華麗なカメラワークは、時に戦争の痛ましさも忘れさせてしまう。

本作は、メンデス監督が祖父(英軍の伝令だった)から聞いた話に基づいている。そして余計な演出を排し、兵士たちの生き延びた時間を克明に描いている。まだ恐怖から抜け出せないスコフィールドが、陽気な兵士たちでいっぱいのトラックに乗り込む際の表情は忘れられない。

メンデスは99年の『アメリカン・ビューティー』でアカデミー賞監督賞を受賞。以後は長らく舞台監督として活動してきたので、俳優の使い方を心得ている。本作で主役に無名の俳優を起用したのも、誰が生き残るかを観客に気付かせないためだったという。

ただし脇役陣にはファースをはじめ、ベネディクト・カンバーバッチ、マーク・ストロング、リチャード・マッデン、アンドリュー・スコットらスターが顔をそろえる。

第一次大戦が何だったのかは、いまだによく理解されていない。そして本作も、あの戦争の原因や当時の兵士たちの心情を説き明かそうとはしない。描かれるのは、多弁で生意気なブレイクと寡黙で繊細なスコフィールドが任務を果たす姿のみ。その任務の目的は無意味な殺戮の回避だから、ある意味では平和を愛する行為だった。

映画は戦争をどう伝えればいいのか。この100年来の問いに対する答えは、たぶん永遠に得られない。それでいい。本作の伝令2人が、そしてディーキンスのカメラがそうしたように、映画はひたすら動き続ければいい。まだ見ぬ答えを求めて。

1917
『1917 命をかけた伝令』
監督/サム・メンデス
主演/ジョージ・マッケイ、ディーンチャールズ・チャップマン
日本公開は2月14日

©2020 The Slate Group

<2020年2月18日号掲載>

【参考記事】寄生する家族と寄生される家族の物語 韓国映画『パラサイト 半地下の家族』

20200218issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2020年2月18日号(2月12日発売)は「新型肺炎:どこまで広がるのか」特集。「起きるべくして起きた」被害拡大を防ぐための「処方箋」は? 悲劇を繰り返す中国共産党、厳戒態勢下にある北京の現状、漢方・ワクチンという「対策」......総力レポート。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米国との建設的な対話に全面的にコミット=ゼレンスキ

ワールド

米、ロシアが和平合意ならエネルギー部門への制裁緩和

ワールド

トランプ米政権、コロンビア大への助成金を中止 反ユ

ワールド

ミャンマー軍事政権、2025年12月―26年1月に
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
2025年3月11日号(3/ 4発売)

ジャンルと時空を超えて世界を熱狂させる新時代ピアニストの「軌跡」を追う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやステータスではなく「負債」?
  • 2
    メーガン妃が「菓子袋を詰め替える」衝撃映像が話題に...「まさに庶民のマーサ・スチュアート!」
  • 3
    「これがロシア人への復讐だ...」ウクライナ軍がHIMARS攻撃で訓練中の兵士を「一掃」する衝撃映像を公開
  • 4
    同盟国にも牙を剥くトランプ大統領が日本には甘い4つ…
  • 5
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」…
  • 6
    うなり声をあげ、牙をむいて威嚇する犬...その「相手…
  • 7
    テスラ大炎上...戻らぬオーナー「悲劇の理由」
  • 8
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアで…
  • 9
    ラオスで熱気球が「着陸に失敗」して木に衝突...絶望…
  • 10
    【クイズ】ウランよりも安全...次世代原子炉に期待の…
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやステータスではなく「負債」?
  • 3
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 4
    アメリカで牛肉さらに値上がりか...原因はトランプ政…
  • 5
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 6
    「浅い」主張ばかり...伊藤詩織の映画『Black Box Di…
  • 7
    メーガン妃が「菓子袋を詰め替える」衝撃映像が話題…
  • 8
    ニンジンが糖尿病の「予防と治療」に効果ある可能性…
  • 9
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない…
  • 10
    著名投資家ウォーレン・バフェット、関税は「戦争行…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 4
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 10
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中