アジア人を「病気持ち」と見なす欧米の差別意識は200年以上前から
こうした事件を、不注意と無知の産物だと見なすのは簡単だ。しかし原因はそれだけではない。
「アジア系を『病気持ち』と見なす傾向には200年以上の歴史がある」と、コネティカット大学のジェイソン・オリバー・チャン准教授(歴史学・アジア系アメリカ人研究)は語る。
その起源は、19世紀に中国に進出した欧米列強が使うようになった中国人労働者、いわゆる苦力(クーリー)だ。栄養状態が悪く、不衛生な環境で過酷な労働を強いられた彼らの居住施設や彼らを運ぶ船内では、たびたび病気がはやった。このため、「中国人労働者は病気持ち」という偏見が生まれたというのだ。
20世紀初めにサンフランシスコで腺ペストが流行したとき、また最近では2003年にカナダのトロントでSARS(重症急性呼吸器症候群)が流行したとき、地元のチャイナタウンが閉鎖されたのも、こうした歴史的な偏見が関係している。
それは今回も同じだ。WHO(世界保健機関)は、現時点では渡航制限の必要はないと明言したにもかかわらず、米政府は過去14日間に中国を訪問した外国人の入国を禁止した。シンガポールとフィリピン、オーストラリアも、中国からの渡航者の入国禁止に踏み切った。グーグルやフェイスブックといった企業は、従業員の中国出張を禁止した。
もっと深刻な感染症はある
パニックの規模とウイルスの威力が比例するなら、新型コロナウイルスよりもインフルエンザのほうが、よほど大きなパニックを引き起こすはずだ。だが、「怪しい」中国とのつながり故に、このウイルスは陰謀論まで生み出している。
ツイッターやフェイスブックには、遺伝的に新型コロナウイルスに感染しやすいのはアジア人だという事実無根の情報が広まっている。さらに、このウイルスは生物兵器として中国のウイルス研究所で作られたものだというガセネタさえある。この説はある中国人科学者がネット上で「さらされる」事態にまで発展した。
多くのアジア人にとって、こうした人種に基づくデマや嫌がらせは、結局のところ自分がたった1つの側面、つまり人種によってしか見られていないことを思い知らされるきっかけとなった。
中国にルーツを持つ人は世界中にいるが、その多くは中国を一度も訪れたことがない。それなのに突然、「病気持ち」として糾弾される恐怖にさらされている。