最新記事

新型肺炎:どこまで広がるのか

アジア人を「病気持ち」と見なす欧米の差別意識は200年以上前から

2020年2月14日(金)15時45分
ジェーン・C・フー

こうした事件を、不注意と無知の産物だと見なすのは簡単だ。しかし原因はそれだけではない。

「アジア系を『病気持ち』と見なす傾向には200年以上の歴史がある」と、コネティカット大学のジェイソン・オリバー・チャン准教授(歴史学・アジア系アメリカ人研究)は語る。

その起源は、19世紀に中国に進出した欧米列強が使うようになった中国人労働者、いわゆる苦力(クーリー)だ。栄養状態が悪く、不衛生な環境で過酷な労働を強いられた彼らの居住施設や彼らを運ぶ船内では、たびたび病気がはやった。このため、「中国人労働者は病気持ち」という偏見が生まれたというのだ。

20世紀初めにサンフランシスコで腺ペストが流行したとき、また最近では2003年にカナダのトロントでSARS(重症急性呼吸器症候群)が流行したとき、地元のチャイナタウンが閉鎖されたのも、こうした歴史的な偏見が関係している。

それは今回も同じだ。WHO(世界保健機関)は、現時点では渡航制限の必要はないと明言したにもかかわらず、米政府は過去14日間に中国を訪問した外国人の入国を禁止した。シンガポールとフィリピン、オーストラリアも、中国からの渡航者の入国禁止に踏み切った。グーグルやフェイスブックといった企業は、従業員の中国出張を禁止した。

もっと深刻な感染症はある

パニックの規模とウイルスの威力が比例するなら、新型コロナウイルスよりもインフルエンザのほうが、よほど大きなパニックを引き起こすはずだ。だが、「怪しい」中国とのつながり故に、このウイルスは陰謀論まで生み出している。

ツイッターやフェイスブックには、遺伝的に新型コロナウイルスに感染しやすいのはアジア人だという事実無根の情報が広まっている。さらに、このウイルスは生物兵器として中国のウイルス研究所で作られたものだというガセネタさえある。この説はある中国人科学者がネット上で「さらされる」事態にまで発展した。

多くのアジア人にとって、こうした人種に基づくデマや嫌がらせは、結局のところ自分がたった1つの側面、つまり人種によってしか見られていないことを思い知らされるきっかけとなった。

中国にルーツを持つ人は世界中にいるが、その多くは中国を一度も訪れたことがない。それなのに突然、「病気持ち」として糾弾される恐怖にさらされている。

【参考記事】新型コロナウイルス:「ゴーストタウン」北京からの現地報告

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

FRB、追加利下げ「緊急性なし」 これまでの緩和で

ワールド

ガザ飢きんは解消も、支援停止なら来春に再び危機=国

ワールド

ロシア中銀が0.5%利下げ、政策金利16% プーチ

ワールド

台北駅近くで無差別刺傷事件、3人死亡 容疑者は転落
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開したAI生成のクリスマス広告に批判殺到
  • 2
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 3
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 4
    おこめ券、なぜここまで評判悪い? 「利益誘導」「ム…
  • 5
    ゆっくりと傾いて、崩壊は一瞬...高さ35mの「自由の…
  • 6
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 7
    中国最強空母「福建」の台湾海峡通過は、第一列島線…
  • 8
    【独占画像】撃墜リスクを引き受ける次世代ドローン…
  • 9
    中国の次世代ステルス無人機「CH-7」が初飛行。偵察…
  • 10
    中国、ネット上の「敗北主義」を排除へ ――全国キャン…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 9
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 10
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 6
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 9
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中